第三章 少年、かぐや姫を語る

 かぐや姫昇天より二十余年前―――月の都にて


 永劫の時を刻み続ける月の都、その中心部には光沢を放つ白亜の尖塔が無数にそびえ立っている。塔の表面には幾何学的な文様が刻まれ、内部から発せられる柔らかな光が、その精緻な装飾を浮かび上がらせていた。その宝石細工のように輝く街の姿とは対照的に、空は雲一つなく、ただただ無機質に、深い藍に染まっている。太陽すら見えず夜のように感じられるが、星空も見えない。


 その静寂を破るように、重装備に身を固めた軍勢が進軍していく。その甲冑は鈍く光り、月の都に不吉さを醸し出した。軍の先頭には、搭乗型の機械兵器に乗り込んだ一群がある。その機体には、逆三日月の紋章―――王家への反逆を示す印が翻っていた。


 さて、都心から離れた地区には、前文明のものと伝えられる遺跡が広がっている。今や廃墟と化した建物群が、失われた繁栄の墓標として、静かに佇んでいた。

 遺跡の地下深くには、王家軍の秘密拠点が設けられていた。薄暗い地下室に粗末な方卓が並び、絶え間ない戦況報告やあわただしい足音が響いている。


 重い金属製の扉が静かに開き、一人の女性がその地下室へと足を踏み入れた。顔は煤で汚れているが、瞳には強い意志の光が宿っている。髪型こそ違えど、その気高く美しい風貌はかぐや姫そのもの。彼女こそ、地上に落とされる前、月にありし日のかぐや姫、月での名は「ファニ」といった。


 部屋の奥で腰かけていたもう一人の女性が立ち上がり、声をかける。

「すまない、急なことで」

「話は聞かせていただきました」

「すぐに出立する・・・ファニも気を付けて」

「アンも・・・頼みましたよ」

 アンと呼ばれた女性が、赤銅色の長い髪をなびかせ颯爽と退室していく。その面影もまた、かぐや姫を彷彿させる。この女性は「アン」、ファニの従妹にあたる人物である。


 ファニが、軍人たちへ向き直る。

「お待たせしました。以後、私が指揮をとらせていただきます」

 軍人たちが敬礼する。卓の中央から青白い光が立ち上がり、立体的な図が空中に浮かび上がった。

「戦況をご報告します。敵先遣隊、帝都跡にて第一隊と交戦中。戦況は拮抗していますが、敵主力が増援を送っているという情報があります」

「・・・そうですか」

「また、先ほど輸送隊より、守備機兵ガーディアン三機の再生に成功したと報告がありました。試験後には戦線投入可能です」

 ファニは首を振った。

「あの出来事があったばかりです。戦線に投入すれば、皆さんの不信を招いてしまうこととなりかねません・・・今しばらくは・・・」

 守備機兵ガーディアンとは、王家の防衛機構を担っていた機械兵器である。謀叛軍によって操作を乗っ取られてしまったことで、王家側の防衛線は瞬く間に崩壊してしまった。王家側の兵士内ではいまだに守備機兵ガーディアンへの恐怖感が根強い。

「・・・承知いたしました。しかし、敵の攻勢は激化しており、謀叛軍はすでにこのあたりの地表にも到達、こちらの拠点も見つかるのは時間の問題です。来ていただいたばかりなのですが・・・王女には今のうちに、後方への退避をしていただいたほうが良いかと」

「わかりました・・・では、兵士たちに声をかけてから参ります。皆、疲労が限界に達しているようなので・・・」

「ありがとうございます。では、お気をつけて」

 医療室、情報室、兵器庫・・・どの部屋でも、彼女は丁寧に、一人一人に労いの言葉をかけた。兵士たちの疲れ切った顔に、わずかながら希望の光が宿るのを見て取ると、ファニも小さく微笑み返す。やがて回り終えると、護衛とともに拠点を後にしていった。

 しかし、その移動中、途中の群落で謀反軍に連れ去られそうになっている子供たちを庇い、ファニは捕らわれの身となってしまう―――



 ―――月の都、王国宮殿の玉座の間。


 白い壁面が幾何学的な美しさを描き、天井と床に走る光の筋が空間全体を静寂に照らす。部屋の両脇には墨色の外衣を羽織った将校たちが厳かに控えている。彼らの表情は硬く、重苦しい緊張が場を支配していた。

 奥の一段高い場所に据えられた銀色の玉座には、この度の謀叛の首謀者、「カンサ」が座している。その傍らには深紅のドレスに身を包み、華美な扇で口元を隠しながら、瞳に冷酷な光を宿した女性の姿がある。女性の名は「アシャディ」。カンサの妻であり、元々は王族の傍系血筋であったが、己の不正により王家の名を汚けがしたとして廃嫡されていた。

 彼女の王家に対する激しい逆恨みは、その冷酷な表情の下で、業火のように燃え上がっていた。


 扉が開かれる。重い鎖に繋がれたファニが、衛兵に挟まれて玉座の間へと引き立てられてきた。


「処刑せよ」


 ファニの姿を認めるや否や、アシャディが冷たく言い放つ。


 敵対する立場とはいえ、本来であれば女王となっていた人物。それを、問答無用で処刑とは・・・周囲に控える将校たちの間にも、明らかな動揺が走った。


 剣呑な空気が玉座の間を包みこむ。その時、傍らから一人の男が静かに歩み出た。顔の半分をマスクで覆った怪しげな風貌、これは謀叛軍の軍師、「ディラン」という名の男であった。


「恐れながら、処刑は早急に過ぎます。ことを急げば民心も離れ、軍の規律にも動揺が走ることとなりましょう」

「だが、生かしておくわけにはいかぬ!」

 諫言にアシャディが声を荒げる。しかしディランは動じず、わざとらしく将校たちを見回し、静かにアシャディを見据える。これにはアシャディも周囲の空気を感じ取り、苛烈だったと自覚したか、視線をそらす。


「アシャディ様のお怒りはごもっとも。ただし・・・ここで処刑を急げば、かえって抵抗の機運を高めることとなりかねません」

「それがどうしたというのです!生きてるだけで気分が悪い!」

「・・・今ではない、と申し上げたいのです・・・では、どうでしょう。アシャディ様がその正当性を星間に広く知らしめるまで、流刑としておいては。穢れの地にでも落とし、汚辱を与え、チャース家の格を貶めるのです」

「流刑・・・しかし、また反抗するのでは?」

「では、赤子にでもし、無力化したうえで送り込むこととしましょう。そうすれば自身の立場すら忘れ、かの地の人間として穢れ果てた生を過ごすことでしょう。その内に民の心からも忘れ去られ、後はいかようにも・・・」


 ・・・アシャディの唇が吊り上がる。

「なんとこれは・・・常人には思いつかぬ罰ですね」

「お喜びいただけて光栄です」


 この会話の最中、カンサは玉座にふんぞり返りながら、鎖につながれたファニを舐め回すように見つめていた。


「ではすぐに、そのようになさい!」

 これで用件は済んだとばかり、アシャディはファニに卑しい嘲笑を与え、高笑いを上げ退出していく。そんなアシャディに対し、ディランをはじめ将校たちは皆、恭しく頭を下げて控えている。


 さて、ようやっと笑い声がかすかになったというところで、カンサが玉座から立ち上がり、ディランのそばに歩み寄る。


 そして、

「よくやった…」

 と、他の誰にも聞かれぬような注意深い声量で、ディランに囁いた。

 ディランは少し頷いた後、衛兵へと指示を出し、ファニを連れて玉座の間を退出していく・・・

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