第4話
耳鳴りがする、酷く痛い。
肺の奥を引き裂くような息切れ。視界の端が、じわじわと黒く滲んでいる。
少しの間、その場から動かなかった。いや、動けなかった。
魔紋が沈み切らない。皮膚の下で、まだ熱が蠢いている。血管を伝って流れるはずの血液が、どこかで詰まっている感覚。
剣を握ったまま、地面に突き立てる。
体重を預けた瞬間、膝が笑った。
(まだ、だ――……倒れるな)
喉の奥で、血の味がした。息を吸うたびに、肺が鳴ってしまう。
呼吸を整えるという行為そのものが、今は意志の力を必要とした。それ程までに肉体が限界を迎えていた。
視線を上げる。黒い血に濡れた地面、木々のその向こうが目に入る。
あの先にシェディがいる。まだ戦っている。
行かなければ。
それだけは、はっきりしていた。
地面から剣を引き抜き、下ろしたまままた戦場へ向かう。剣の金属音が、やけに遠く感じられた。
一歩。
足が地面を捉え損ね、僅かによろける。
(……重い)
全身に鉛を流し込まれたような感覚だった。
強化の反動が、今になって牙を剥く。骨が軋み、筋肉が張り付いたように動かない。収縮をしてくれない。
それでも、歩く。
足を引きずることだけはしなかった。数歩進むごとに、視界が揺れる。
だが、止まらない。
――まだ、生きている。けれど、
(……シェディの勘はやっぱり当たるな)
その事実だけを、何度も頭の中で反芻しながら。やがて、木々の間に人影が見えた。
銀色がたなびいている。
外套を羽織った細身の影が、岩に腰掛けている。短剣を布で拭きながら、こちらを見ていた。
「……おかえり」
彼女の声は軽い。
けれどその声音の奥に、確かな疲労が滲んでいる。俺は直ぐに返事をしようとしたが、喉が鳴るだけだった。一度、息を吐き直してから、ようやく口を開く。
「……そっちも、生きてるな」
「失礼、見れば分かるでしょ」
シェディはそう言って、短剣を鞘に収める。だが、動作はいつもより少しだけ遅い。
歩みを進めて近づくと、彼女は改めて俺の姿を見た。
血に濡れた外套。
額から頬を伝う赤黒い筋。至る所から血が流れ出ている。出血が止まっている箇所もあるが、その姿は余りにも痛々しかった。
「……ひどい顔」
「いつものことだ」
「今回はいつもよりひどいわ」
シェディは軽く息をつき、岩から降りる。
一歩踏み出したところで、ほんのわずかに体勢を崩した。
「無理するな」
「お互い様でしょ」
彼女は肩をすくめるが、その仕草も少し小さい。
俺は岩のそばまで来て、ようやく足を止める。そこから先へ進もうとして、視界が一瞬、白く飛ぶ。
次の瞬間、地面が近づいた。
倒れる、と思ったが衝撃は来なかった。
「……はいはい」
シェディの声。
彼女が、俺の外套を掴んで支えていた。
「ほんとに限界じゃない」
「……まだ、立てる」
「それ、限界の人が言う台詞ね」
そう言いながらも、彼女は離さない。
自分より体格のある相手を、無理にでも支える位置取り。
その配慮に俺は抵抗も出来ずに、体重を少し預けるしか選択肢がなかった。
「……
「完全に沈黙した、下半身だけで生きてはいないだろう」
「そう」
短い返事。
それだけで、十分だった。二人並んで、岩陰に腰を下ろす。
しばらくの間、言葉はない。
風が、血の匂いを運んでいく。
遠くで何かが崩れるような音がしたが、今は確認へ行ける出来る状態ではなかった。
「ねえ」
先に口を開いたのは、シェディだった。
彼女には珍しい弱々しい声だった。この角度だと、身長差があり、顔は見ることができない。
「さっきさ……ちょっと、焦った」
「珍しいな」
「でしょ」
彼女は苦笑しながら、言葉を続ける。
「正直、あ、これ私死ぬやつだって思った」
「……」
「でもさ」
シェディは視線を上げ、空を見る。
赤い空と、僅かに暗雲があり、その二つが境界線を作っていた。
「アンタが前に出た瞬間、ああ、まあ大丈夫かって」
「……信用しすぎだ、実際死にかけた」
「今さら?」
その言葉に、俺は小さく鼻で笑うことで返事をする。
喉が、痛む。
「次は、もっと無茶するな」
「それ、そっくりそのまま返すわ。だってアンタ、その傷を見たことあるけど【
沈黙。不思議と空気が重い気がするが気のせいだろう。
「ねぇ、使ったんでしょ? ねぇってば」
生きている。
今の俺にはそれだけで十分だった。目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
隣でギャーギャー言ってるやつがいる気がするがそれもきっと気のせいだ。
「……少し、休む」
「いいわよ、三分だけだからね」
「短い」
「うるさいわよ、長くするとアンタそのまま寝るし。ここはまだ敵地よ? さっさと天幕に戻る。……ベルに治療してもらわないと」
彼女の声は、少しだけ柔らかかった。
その言葉を聞くのを最後に、俺の意識は暗転した。
その後、ぴったり三分後。シェディに叩き起こされ、今にも倒れてしまいそうな体を無理やり動かして天幕へ向かっていた。
苦労して天幕へ戻ると、外の喧騒が嘘のように空気は張りつめた静けさを孕んでいた。焚き火の残り香、湿った布の匂いが混ざり合い、何とも言えない匂いとなっている。
天幕の入口で一瞬だけ立ち止まり、深く息を吸おうとして、胸の奥が軋むのを感じた。吸えない、肺が拒む。だから浅く、短く、刻むように呼吸を繰り返しながら、膝が折れないよう意識を足に集めて一歩を踏み出す。
ベルはここら一帯の地図を見ながら、頭を抱えていた。
「あぁ~これどうすればいいんだ~? 人員が足りなすぎるって……」
そういいながら椅子の背もたれにもたれかかるベルだったが、そこでそうやく俺達の存在に気付く。
最初こそ、いつもの調子で軽口を叩こうとしたのだろうが、主に俺の様子を見てそんな場合ではないと悟った顔をした。
「うわぁ……」
最初に声を上げたのは、ベルだった。
地図を触っていた手を止め、細い目をさらに細める。
視線は、まずグリムの外套、次に顔、最後に足元へと流れていった。
「これはまた……派手にやったねえ。流行り? その赤黒いファッション」
「………生憎と、俺の趣味じゃない」
「ちょっと待って、何があったの…? 君がそんに負傷するなんて王種しかいなっ…いや、まずは治療だね。寝れる?」
いつものふざけた様子は余りなく、彼は袖をまくる。
前腕に刻まれた魔紋が、布越しでも分かるほど淡く脈打ち始めた。
――治癒の魔紋。
といっても代行者たちの使うような治癒ではなく、人間の自然治癒力を限界まで引き上げる代物。それは回復という名の強制であり、拷問でもあると俺は知っている。
ベルは軽く指を鳴らし、俺の肩に手を置く。
次の瞬間、肉体が裏返ったような激痛が走る。
熱が浮き出る。骨の芯から湧き上がるような、逃げ場のない灼熱。傷口が、塞がるために、無理やり動かされている感覚。筋肉が引き絞られ、内側から引き裂かれるような痛みが、激流になって押し寄せてくる。
喉から苦痛の声が少し漏れそうになるが、ここで叫んだことで何が起こるか分からない。歯を食いしばって耐える。耐えている時に唇を噛んでしまい、口の中に血の味が広がる。
「痛いだろうけど、耐えてねーグリム。今逃げたら倍返しで痛いよー」
ベルは笑う。軽い。だが手は一切緩めない。
魔紋が明滅し、光が濃くなるたび、痛みは容赦なく深く刺さった。
(…ッ…簡単に言いやがるっ…ッ!!)
時間の感覚が分からない。どれほど経ったのか分からない。
ただ、痛みが終わる方向へ向かっていることだけが、辛うじて分かった。やがて熱が引き、代わりに重だるい疲労が全身にのしかかる。
ベルは手を離し、満足そうに息を吐く。
「よし、グリム終了。次は――」
そう言いかけて、ベルはグリムの顔色を見て肩をすくめた。
「……――は、冗談。今日はここまで、シェディの方は休息と通常の手当で十分そうだね~」
「…はぁ? まぁ、いいわ。私もこれ以上痛いの嫌だし、グリムの治療を見てから自主的にそれを受けたい奴がいたら私は尊敬するわ。でも、怪我はしてるから包帯だけ頂戴」
それを聞いてベルがシェディの切り傷に包帯を巻いていく。
凄まじい速度で動けるシェディも多少なりとも、歪獣に手傷を負わせられていた。恐らく魔力の消耗で減速した所を狙われたのだろう。
それくらいは、獣の本能でも出来る。
ベルとシェディの会話内容も痛みで曖昧になっている意識の中で、俺は荒い呼吸を繰り返していた。そのまま治療用の寝具の上でしばらく天幕の天井を見つめていた。
布の縫い目が、やけに鮮明に見える。痛みは消えたが、その代償として、体の奥が空っぽになったようだった。それでも、手を上げて指先を動かしてみる。問題なく動く。
「肉体はどのくらいで完治する」
「うわっびっくりしたぁ~何で治療してすぐ動けるの? 前も思ったけど色々おかしいよ君」
わざとらしく飛び跳ね、驚いて見せるベル。
その様子に少しイラッと来た俺は口調を強めて言う。
「どのくらいで完治する」
「………怖いって、グリム。 それ体の血拭いてから言ってよ……赤い血と、黒い血?がなんか混ざっててキモいし」
……一回本気でコイツを殺してもいいと思う。
ベルに手が出るのを理性で我慢しながら、ベルの回答を待つ。
「外傷はほぼ完治。内部も、まあ大丈夫だね臓器が結構損傷してたけど。しばらく筋肉痛は出るだけじゃないかなぁ? 魔力を無視して、肉体だけの完治なら……明日には万全だと思うよ」
それを聞いて安心する。
「なんだ、それだけで済むのか」
「……僕、こうゆうのでそれだけって言う人だいたい感覚おかしいって最近気づいたよ」
少しだけげんなりしながらベルは腕を下ろし、魔紋の光を消す。
「……で、一体何があったのさ。僕がずっとだらだらここに座ってた時さぁ……君がこんなになるなんて、そうそうないでしょ? 興味があるなぁ~!」
普通に俺達からしたら殺意が湧くようなことを言ってから、ベルが水筒を机に置く。
(……ベルの奴、いつか本当に殺されそうだな)
その証拠にシェディが真顔になっている。
視線だけで人を殺せそうだ。
「ほら、水。飲める?グリム」
「……ああ」
自分で机にある水筒を取り水を一口含む、それでようやく言葉を組み立てられた。
「……
ベルの眉が、ほんの僅かに動く。
「………わお、まじ?」
その疑問にシェディが腕を組んだまま答える。
「しかもただの
「……ちょっと待って、それってつまり知性があったってこと?」
ベルは顎に手を当てる。
ふざけた態度の奥で、思考が高速で回っているのが分かる。
「……ああ、王種のような確固たる意志があったとは確信して言えないが最低限の知性はあった」
「……それ二人で倒したの?」
「俺とシェディのふた――「グリムよ 」」
それだけは譲らない、といった様子で俺の言葉をシェディが遮る。また同じことを言おうとすると鋭い眼光が飛んできた。観念して、ありのまま報告をする。
「………俺一人でだ」
「……ふぅん」
ベルは小さく息を吐き、笑みを深くした。
「それはもう、報告書が荒れるやつだねぇ~良かったね、グリム。上層部に引っ張りだこだよ?」
「………クソが、これだから想定外は嫌いなんだ。もう好きに書けよ」
「無茶言うなあ。盛らないと上が怒るんだよ?」
軽口をたたく。
だが、その奥には確かな緊張があった。
「――で、」
ベルは、少しだけ声を落とす。
「他には?」
俺はそれに短く答える。
「――恐らく、
「今回の敵は、歪獣王種じゃない」
ベルの笑みが消える。天幕の外で、風の音が鳴る。
けれど拠点は異様に静かだった。
「…………待って、ちょっと整理させてね」
一泊おいて、緊張を解すようにベルが髪を何度か搔く。
「――おーけー大丈夫。それで、その根拠は?」
「全てだ」
俺はそう切り出した。
否定の言葉は短く、それ以上に余計な言葉を言わず、完結に。
「教会が王種だと定義した存在が、間違っている可能性が高い」
ベルは何も言わず、視線だけで続きを促した。
軽薄な笑みは消え、代わりに治療者としてではなく、情報を選別する指揮官の目をしている。
こいつはこれでも、ずっと第八の指揮を取っている男だ。そこの線引きはしているのだろう。
天幕の隅、寝具にもたれかかっていたシェディが、わずかに体勢を直した。
思い出すだけで、あの感触が指先に蘇る。
刃が肉を割いた時の感覚。そして、骨に響く鈍い抵抗。
「根拠の一つ目は、落胤個体だ。体に不自然な痕があった」
「……痕? そんなのあったの?」
シェディが、低く問い返す。
「ああ、あった。裂け目のような……いや、違う。筋肉の配置、何もかもが歪んでいた。本来生物に存在しないはずの部位が退化し、削られた形で残っていた」
一呼吸置き、言葉を続ける。
「存在していたものが、最初から失われている痕。翼らしきものを持っていた痕跡だ。殺した後に再確認しようと思ったんだが、――俺が奴の上半身を消し飛ばしたからな………」
全員の沈黙。
焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……………それは、まぁ仕方ないとして。落胤個体に、翼だって?」
ベルが眉を寄せる。
「聞いたことないね。少なくとも、歪獣の系譜じゃ」
「俺もだ」
ベルの意見に同意する。
「二つ目だ。奴の、動き」
視線が、シェディへと向く。
「……シェディも感じただろ」
シェディは一瞬、目を伏せてから口を開いた。
「……ええ、さっきも言ったけど統率があった。偶然じゃないわ」
声は静かだが、そこに迷いはない。
「知性のない部下を囮に使い、私たちの位置と反応を測ってた。あれはわざと突っ込ませた動き。生き延びる前提の戦術じゃない」
「……ハハ、歪獣が?」
ベルが短く笑う。
「いやぁ、嫌な冗談だ」
「冗談ならよかった」
俺は淡々と続ける。
「王種に知性があること自体は珍しくない。簡単な会話が出来る個体も、落とし穴のような古典的な罠を張る個体も見てきた」
「ま、五歳児程度の知能だったが」と付け加える。記憶の中で、過去の戦場がいくつも重なっていく。
「だが、あれは違う。こちらの動きを探らせ、雑兵で消耗させながらこちらの手の内を探り、切り札である自分を最高のタイミングで戦場に投下した。自分自身を、作戦の矛、そして王種の盾としても使う知能」
言葉を重ねるたび、記憶が鮮明になる。
「戦術が、人間的すぎる。……歪獣の王種はあそこまで合理的じゃない」
「……あぁ、確かにね」
シェディの声には、現場で血を見てきた者特有の確信があった。
ベルは顎に手を当て、真剣な顔で唸っている。
「……つまり、知性があるじゃ足りない?」
「ああ。知っている、だ」
自然に声が低くなる。
「人間を。人間の戦い方を。人間の考え方を。いや、思考パターンが似ているといった方が正しいな。……人間がどう恐れ、どう動くか考えた結果」
シェディが小さく息を吐いた。
「それに……」
彼女は少し言い淀み、続ける。
「よく考えてみれば場所もおかしいわ。あそこの周辺は、本来なら王種が根を張るには浅すぎる。餌もないし、歪みの濃度も足りない」
「そうだな、それもおかしい。……本能と知性の混合なら分かる、落胤個体っていうのはイレギュラーだからな。だが、あれは学習していた」
そのまま言葉を続ける。
「俺を観察し、適応していた。……相手が何を嫌がり、どう動けば死ぬかを理解している動きだった」
ベルは腕を組み、座っている椅子の背もたれに背を預ける。
「それに加えて魔女、ねぇ……」
「三つ目だ」
俺は静かに続ける。
「王種が出現する領域に、異名持ちの魔女がいる。確認出来たのは灰冠の魔女。姿も中身も子供そのものだったが、戦闘力だけは確かな災厄。……それも、魔女が一人とは限らない。数も目的も不明」
言い切った瞬間、空気が重くなった。
「偶然じゃないわね」
シェディが呟く。
「偶然なら悪すぎるよ。歪獣王種の出現と、魔女の活動圏は本来なら重ならないからね」
ベルがそう補足する。
「互いに邪魔だから、ね。……なのに、今回は居る。 ……王国からの報告だと逃げたかもしれない場所がここかもしれないっていう可能性だけだったんだけど……」
「そんなのでこんな偶然あってたまるか。それも、まだ何人いるかも分からない」
俺は、そこで一度言葉を切った。
自分の中にある最後の違和感を、どう表現するかを選んでいた。
「そして、四つ目だが……」
「………待って」
そこでシェディから遮られる。
シェディが考え込むようにゆっくりと、息を吐いていく。
天幕の布が風に揺れ、灯りが一瞬だけ暗くなった。
その揺らぎの中で、シェディは視線を落としたまま、
指先を膝の上で絡めて座っている。
いつもなら即座に言葉が出る彼女が、珍しく沈黙していた。それに、俺たちは沈黙で返す。彼女が言葉を出すのは待つ。
「……四つ目を、言う前に」
小さな声だったが、ハッキリと言った。
俺は口を閉じたまま、ベルも茶化す素振りを見せず、ただ視線を向けた。
シェディが少しだけ眉を寄せる。
そして、考えてしまったという深刻そうな顔をしながら俺たちに告げた。
「……今までの話を全部一本に繋げると。……少し、変な仮説に行き着くの」
「変でもいい、続けろ」
促すと、彼女は小さく頷いた。
「王種が、賢すぎる。落胤個体が、学習する。場所が、そもそも不自然。そして、魔女がいる。……しかも複数の可能性がある。……どうしても、全部目的が別にあるって考えてしまうのよ」
彼女は視線を上げ、俺を見る。
「私達の敵に共通する目的として、王国を滅ぼすとか、縄張りを広げるとか、人類を絶滅させるとかでしょ? でも今回は……多分そんなんじゃない。動きが回りくどすぎるし」
指先が、無意識に外套の端を掴む。
「だから……ただの仮説よ。断定じゃない」
一拍おいて、言葉を絞り出すようにしてシェディは話した。
「王種は、何かを守っているんじゃない?」
空気が、わずかに張りつめた。
「何かを、守る……?」
ベルが低く復唱する。
冗談めいた響きは、そこにはなかった。
「ええ。中心に据えている何かがあって、その周囲を安全にするために、大事だけど安心出来る落胤個体を前に出し、先行部隊をばら撒いて、人間を削っている。……王種自身が前に出ないのも、その方が合理的だから」
「……巣、ってことかい?」
ベルが言う。
シェディは、首を横に振った。
「巣にしては、浅すぎる。あの場所は育てるには向いてない。だから……」
言葉が、ほんの一瞬だけ止まる。
「隠すか、運ぶか、その途中」
俺は、胸の奥で何かが噛み合う感覚を覚えた。
だから直進をしていた、だから無駄な戦闘を避ける。
最初に部下を向かわせて敵の手の内を把握し、自分が確実に殺せるから落胤個体は突進してきた。
だから、知性を使う。
「……守ってるものが、王種そのものじゃない可能性もある、か」
俺がそう言うと、シェディは小さく目を伏せた。
「そう。あくまで仮説。でも……」
彼女はそこで、少しだけ言葉を弱める。
「もし間違ってるとしたら、多分そこよ。王種が守る側じゃなくて、殻だったら……話は、もっと嫌な方向に行くわ」
ベルが、ゆっくりと息を吸った。
「……あー、それは」
軽口を叩こうとして、やめる。
「……教会が聞いたら即、神敵認定のやつだ」
椅子の背もたれに自分の体を預けながら、ベルは手を顔に当てて、逃避している。
「………続けるぞ、四つ目だ」
俺は静かに言った。
「この違和感は、まだ正体を掴めていない。王種じゃない何かが、王種の皮を被っている可能性」
断定はしない。出来ない。
だが無視するには、揃いすぎている。
天幕の外で、遠くの見張りが交代する足音がした。
それは日常の音だったが、今はやけに遠く感じられた。
「……仮説、ね」
ベルはそう呟き、苦笑する。
「でもさ。こういう仮説が一番、後から当たるんだよねぇ」
ベルの呟きを聞こえないものとして、共有を続ける。
ベルとシェディ、二人の視線が俺に集まる。
「俺は、魔女殲滅部隊の中でも直接戦闘では上位だ。慢心じゃない、事実としてだ」
ベルは何も言わず、ただ頷いた。
「落胤個体は、本来なら狩る側は俺だった。珍しいケースでも、致命傷を負う前に終わらせられる」
俺は自分の胸元を指で軽く叩く。
「だが、深手を負った。殺されかけた。」
言葉にすると、改めて異常だった。
「……アレは、対人の戦闘能力だけでいえば王種より上だ。魔女ですら殺せるだろう」
いや確実に殺せるだろう。歴史で見ても近接戦が出来る魔女など、数える程しかいない。後衛、そして魔法主体の戦闘スタイルなら一瞬で首を飛ばされて終わりだ。
逆にあの
「――以上だ」
静かに、だがはっきりと告げる。ベルはしばらく黙り込み、やがて苦笑した。
「……つまり、さ」
冗談めいた口調を探すが、見つからない。
「結論は何も正体は分からないってことでいい? 今、王種って呼ばれてるアレ」
「………そうだ」
シェディが、低く言う。
「もっと、別の………」
言葉を探し、止める。
代わりに俺が会話を締める。
「正体不明のナニかだ」
灯火が、ぱちりと音を立てた。
天幕の外は静かだった。
だが、その静けさは世界が一歩、誤った前提の上に立っている証のように思えた。
ベルは最後に、乾いた笑いを零す。
「………報告書、荒れるどころじゃないよこれ」
誰も、否定しなかった。
魔女狩りは、灰に冠す KAGARI @thekai0319
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