安易にモテたいと願った結果、人外にしかモテなくなった俺の日常

ヤマグチケン

第1話 軽い気持ちで願うものじゃない

 安易に願うものではない。

 俺は今、そう悔いている。


   ***


 事の発端は、一冊のオカルト本。近所の古本屋で見つけたものだ。そこに書いてあった儀式を冗談半分でやってみたら、本当に悪魔が召喚されてしまった。ネタにして笑うつもりだったのに。

 まがまがしい角や尻尾など気にならないほどすらりと細長い体は、主張すべきところはしっかりとしており、男を魅了するには十分だ。

 そしてなによりその顔だ。宝石のように真っ赤な瞳と潤った唇には吸い寄せられそうになる。長い銀髪は照明を反射し、本当に悪魔なのかと疑うほど輝いている。


「この我に何を望む?」


 この問いには頭を悩ませた。科学万能のこの世界に、本当に悪魔が召喚されるなど考えてもいなかったからだ。

 暇つぶしでごめんなさい。


「まさか、いたずらに我を召喚したのではなかろうな?」


 仕方がなかった。命を取られると思ったのだ。


「お……女の子にモテたい……と言うのは駄目……ですよね?」


 蝉の声すら力なく聞こえる真夏、俺の部屋に静寂が訪れた。


「貴様……そんなことで……」


 鋭い眼光が俺を貫いた。


「ひっ……す、すみません!」


「そんなことで良いのか? ならば叶えてやろう。その願いの対価として、ここに住まわせてもらうぞ」

「え? あ、いや、食費とか……」

「良い、貴様のものを少し味わうだけだ。食わぬくらいで滅びるような存在ではない」


 俺のご飯がつまみ食いされるくらいで済むのなら、我慢するか。帰ってもらうまでの辛抱だ。


「ただし、召喚陣はここから動かすでないぞ。我があちらに戻れなくなるやもしれぬ」


 ああ、位置関係とか色々な要因が重なったから召喚出来たってことか。なら仕方がない。


「ところで貴様、名をなんと言う? 共に暮らすのだ。名前もわからぬのでは不便であろう」

「田中……正之助、です。正しく助けるで、しょうのすけ」

「古くさい名前だのう。しかし、助平に正直でしょうのすけか。気に入った」


 なんだこいつ、悪魔だからっていきなり名前いじりは駄目だろ。否定できないけど。さっきから谷間ばかり見てるけど。


「えっと……貴方の名前は……?」

「正之助が我を呼び出した、言わば主だ。好きに呼ぶといい」


 数分悩んだ後、ミオと名付けた。なるべく日本人っぽい呼び名の方が、外で自然だからだ。

 外観の特徴から、尻尾が綺麗だったから美尾というのは心にしまっておく。


「正之助よ、我の名を呼んでみろ」

「えっと、じゃあ……ミオさん……」

「ふふふ、なんだ? 呼び捨てにしてもいいのだぞ?」


 尻尾がゆらゆらと揺れ、顔が完全に緩んでいる。つまり、びっくりするほど浮かれている。名前を付けてもらったのがそんなに嬉しかったのか。


「それで、俺の願いというのは……」

「もう叶っておるであろう?」


 ミオさんは豊満な胸を俺の腕に押しつけると、そう言って耳に息を吹きかけた。


「や、やめろ! 何が狙いだ!」

「女にモテたいというのが正之助の願いであろう? 叶ったではないか」


 くそ、なんでだよ。呼びだした悪魔本人にモテるなんて、そんな契約の抜け道があっていいのか。俺は人間の女子にモテたいんだ。

 でも、撤回しろなんて言ったら命を取られそうだし……。


『夕飯の準備が整いました』


 ドアの外から聞こえる抑揚の小さい声。お手伝いロボットのマリーさんだ。ちなみにマリーさんは商品名であり、我が家で名付けたわけではない。


「ほう、この家には他に住人がおるのか。口ぶりから、正之助の使用人か?」

「違いますよ。親がいないことが多いから家事を任せてるロボットです」

「ロボットとな……? なんだかわからぬが、家のことをしている使用人で間違いないのであろう」


 いや、そりゃそうなんだけど、人じゃない。とにかく夕飯が出来たのなら食べよう。


   ***


『正之助様、この方はどなたでしょうか。本日、来客があった記録はありませんが』


 俺にべったりくっついているミオさんに無機質な目を向ける。いつも通りの感情のない声にトゲがあるように感じる。


「悪魔だよ悪魔。名前はミオさん。少しうちに住むから」

「よろしくのう、マリー」

『よろしくお願いします。ところで、そのようにしておられると正之助様が食事しづらくなりますので、離れていただけますか?』

「駄目じゃ。我は正之助から離れんぞ」

『では仕方がありませんね』


 マリーさんは食器棚からフォークを取り出すと、盛られた野菜を取り、俺の口に近づける。


『はい、正之助様。あーんしてください』


 俺の知ってるマリーさんじゃない。家事だけをするマリーさんはどこに行った……。


『あーんしてください』

「あーん……んん、うまいのう!」


 俺が唖然としているうちに、ミオさんが食べた。ご満悦と言った表情だ。


『お褒めいただきありがとうございます。ですが、ここに並べた料理はミオさん、いえ、ミオのために作ったものではございませんので、あしからず』

「ほう、そうかそうか。人形風情が言いおるわ。だがな、我は正之助から少しずつメシをもらうという契約をしておる」

『左様でございますか。他人のものを横からかっさらおうとは、下劣な悪魔らしい行動ですね』


 いや、マジでマリーさんどうしちゃったの? メーカーが悪魔と遭遇したらこういう態度を取るように設計してたの? 開発者にオカルトを信じてる人がいたの?


「なんだ? 我に喧嘩を売ろうというのなら容赦はせぬぞ?」

「はいはいストップ、ストーップ! ミオさんもマリーさんも落ち着こう。まずミオさんは俺から離れて」


 すねた顔をして俺から離れるミオさん。くそ、美人だと思ってたのに不意に見せるその表情はズルい。


「マリーさんも家事だけしてくれたらいいから。喧嘩は家事じゃないよ。いいね?」

『かしこまりました。では、徹底的に正之助様だけの身の回りのお世話をいたします』

「ほう……使用人風情が客人を無視するとな……?」

『家事に悪魔の世話は含まれておりません。あしからず』


 ああ、そうか。モテたいと願った結果、ミオさん本人だけではなく、マリーさんからもモテてしまったわけか。


 父さん母さん助けて。早く帰ってきて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安易にモテたいと願った結果、人外にしかモテなくなった俺の日常 ヤマグチケン @yamakennov

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画