第12話 「魔法」対「スピリチュアル」

目の前で杖を構える男の口元が、傲慢に歪んでいるのが見えた。


俺の脳内では、すでに最悪のシナリオがフルカラーで再生されている。

これが俺の生存戦略、悲観的リスクヘッジの真骨頂だ。


まず、相手が放つのは低出力の電撃魔法だ。

先程の練習風景から推測するに、一撃で人体を炭化させるほどの威力はない。


だが、その低出力ゆえに、俺は何度も電撃を浴び、衆人環視の中でみっともなくのたうち回ることになる。

泥にまみれ、激痛に顔を歪め、屈辱の中で意識を刈り取られる。


俺の名前からダイフの二文字が消えても、不運の質量保存の法則は健在というわけだ。


「コウ君、その不安のオーダー、宇宙が全力で受理しちゃってるわよ。ほら、あの子、やる気満々じゃない」


脳内に響くサティアの声は、相変わらず能天気でイラつく。

だが、俺はその不吉な予兆を逆手に取るべく、シミュレーションの解像度を上げた。


電撃に打たれ、泥の上を転がる俺という事象に、相手がどう反応するか?


自分の攻撃が効果を上げているのを見て、油断し、傲慢に振る舞う確率は意外に高そうだ。

勝利を確信した愚か者が、無警戒に俺の間合いへと踏み込んでくる確率も低くはない。


そこで、俺が木剣を振れば……


狙うは股間。

股間に木剣がヒットした相手は戦闘不能になる。

俺はそのイメージをやすやすと思い描けた。


股間を狙うなんて卑怯?

普通にダメージを与えても怒らせるだけだ。何の解決にもならない。一発で戦闘不能にするには急所を狙うしかないんだ。


「死ねッ。ライトニング…ボルトッ」

男の叫びと共に、青白い光が空気を裂いた。


直撃の瞬間、全身の筋肉が強引に収縮し、心臓が跳ね上がるような衝撃が走る。

痛い。死ぬほどではないが、明確に不快な激痛だ。


俺は想定通りに地面へと崩れ落ちた。

演習場の泥が顔にへばりつき、土の臭いと焦げた匂いが鼻を突く。


「あははは。なんだ。威勢がいいのは口だけか」

男はそう言って、次の電撃の準備に入った。


俺は相手が接近してくる確率を高めるためにゆっくりと膝立ちになった。

心の中で数字をカウントしている。

そして、不格好に立ち上がって相手に向かう素振りを見せる。


「もう一発!」

男は半笑いの声で、そう言って第二撃目を撃った。


再び、俺の身体の筋肉が収縮する。バランスを崩して倒れる。

俺はわざと泥の中で体を捩り、さらにみっともなさを演出した。


視界の端で、男がゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくるのがわかる。


十メートル、五メートル、三メートル。

獲物の最期を特等席で眺めようとする、典型的な慢心の攻撃距離だ。


男は次の電撃の準備に入った。


ここから5秒間は撃てない。

俺は全力で立ち上がり、相手に突っ込んで行った。

躱されそうになったが、なんとかローブを掴み、そのまましがみつくことができた。


これで相手は撃てない。撃てば自分も感電してしまう。

後は木剣で……俺の両手は相手にしがみつくのに使っている……木剣を腰に佩いた記憶もない……つまり……。首をねじって後ろを見ると、練習用の的の傍に木剣が突き刺さっているのがわかった。


電撃をくらった時に飛ばしてしまったのだろう。電撃のせいで感覚を失ってしまっていたらしい。


「てめえ! 離しやがれ!」


男は身を捻ったり、空いた手で俺を押しやったりするが、ここで離すわけにはいかない。

男の杖からは、先程よりも派手に、バチバチを火花が散っている。


もう一度、体制を立て直すしかないのか?

そう考えている間にも、杖からの火花の量が増えていく。魔力が充填され続けて今にも溢れそうだ。


俺は足をかけた状態で、思い切り男を押した。

お互いに押し合う形になって男は倒れ、俺は反対側にダッシュした。

木剣を拾うために…


「死ね!」

男の声が聞こえた。


俺は木剣に手を伸ばすのを途中でやめて、進路を変えた。

練習用の的の裏に走り込む。


的が避雷針代わりになる確率…


バリバリ、バシーン!


電撃は、練習用の的ではなく、俺が掴もうとしていた木剣に命中した。

さらに電気は濡れた地面を伝い、練習用の的へ…

的は地面に突き刺さっていた棒ごと弾け飛んだ。


そしてその棒は回転しながら男に向かい…


「グェッ」


何とも情けない、カエルを潰したような声が響いた。

的のついた棒が、男の股間を下からスイングヒットしたのだ。


演習場を包んでいた喧騒が消えた。


男は、その場に膝から崩れ落ちた。

その顔は、もはや怒りも傲慢さも消失し、ただただ世界の理不尽を呪うような表情になっている。

やがて白目を剥き、音もなく地面に伏した男は、二度と動き出すことはなかった。


俺は泥だらけの顔を袖で拭った。

全身が電撃の後遺症で痺れていて、一歩踏み出すのも億劫だ。


「お見事。コウ君。イメージ通りの結果を引き寄せたわね。まさか練習用の的を使うとは思わなかったけど。」

サティアが脳内で笑っている。


俺は、呆然と立ち尽くす野次馬たちを横目に、震える足で出口に向かい始めた。


「……ふん。当然の帰結だ。

あの杖の魔石デバイスがクズプログラムなのはわかっていた。過剰な魔力供給を誘えば真っ直ぐ標的に飛ばせる可能性は激減する。

俺があの的の裏に逃げ…移動すれば、やつの電撃は俺ではなく、木剣か、的の方に当たることは推測できた。後は、濡れていた地面と、木材の瞬間的な蒸気圧上昇が生んだエネルギーによる連鎖的な…


…痛たた…


そして一度跳ね上がった棒がどうなるか…それは、昨日のギルドでの喧嘩で学んだ通りだ。自由落下状態になった質量は必ず反応があるところに向かうのが、この世界のピタゴラルールらしい」


「えーっ? ピタゴラじゃなくて、コウくんのビジュアライズが引き寄せた結果じゃない?」


サティアは、不満そうだが、俺だって不満だ。

本当にスピリチュアルなんて能力があるなら、もっとスマートに勝たせてくれよ。痛いんだよ、体中が。

俺は心の中で毒づいた。


出口付近で野次馬たちの声が聞こえた。


「何も攻撃しないで、相手の自滅を誘ったぞ」

「いや、最後の的飛ばしは、あいつがやったんじゃないのか?」

「…あいつ…昨日落ちてきた看板を、紙一重で躱したやつだ」

「もしかして、なんかすごいスキルを持ってるんじゃないか?」

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