第10話 この世界の魔法とは

見慣れないシーツだ。


横向きに寝ていた俺の視界には、生成りのシーツとその向こうの板の壁が目に入った。


ここはどこだ。

半分寝ぼけた頭で、昨日の出来事を必死に手繰り寄せる。


確か、うまいスープを飲んだ。

清潔で小さな宿。 ……いつ、どこに旅行に出かけたんだっけ。 前の日の出来事を思い出そうと目を閉じる。


朝、母さんと姉さんに叩き起こされて。 パワースポットだとかいう山に登らされて。 エネルギーが来た、という絶叫と共に、雷に打たれて……死んだ。


ガバッと跳ね起きる。

心臓が嫌な音を立てていたが、そこには雷の衝撃も、焦げた匂いもなかった。


「おはよう、コウくん。いい目覚めね」


脳内に直接響く、鈴を転がすような声。

その瞬間に、すべてが繋がった。

そうだ。俺は、異世界に転生したんだ。


森でゴブリンに追いかけられ、空から焼きカエルが降ってきて、サティアとかいう自称ガイドに出会った。

一緒に森を歩き、軽トラサイズのイノシシに襲われ、街の門では二日酔いの兵士に睨まれ、ギルドで冒険者に殴られた。

そして、あの宿屋のスープだ。


「……なんか、昨日一日のこととは思えないくらい色々あったな」


俺はベッドの端に腰掛け、大きく溜息をついた。

情報量が多すぎる。一週間分くらいの疲労がどっと押し寄せてきた気分だ。


「コウくん。大事なことを忘れてるわよ」


「何だよ。朝から説教か?」

「違うわよ。あなたは、これまで使っていた名字を捨てて、ただのコウになったのよ。おめでとう、不運の足枷が外れた記念すべき朝ね」


言われてみれば、そうだ。

俺は昨日、あの不機嫌な門番の前で、ダイフという名字を捨てた。

こいつの、名字が呪いを引き寄せている、というオカルト全開な説得に負けた結果だ。


「でも、その後も看板が落ちてきたり、いきなり殴られたりしただろ。不運なことは続いているじゃないか」


「でも、最悪な結果にはなっていないでしょ。それが大事なの。あなたがトラブルを引き寄せるのは、もう持病みたいなものだから。なかなか治りそうにないわね。でもほら、その不運の中でも、ビジュアライゼーションで金貨を引き寄せたりしたじゃない。結果良ければ全て良しよ」


そうだ。金貨だ。

あの混沌とした酒場で、俺の目の前に転がってきた黄金の輝き。

スピリチュアル。

俺の、ゴミ能力。


「……認めないぞ。あれは単なる確率の偏りだ。誰かが落とした金貨が、物理的な反射を繰り返して俺の前に止まっただけだ」

「あらあら、まだそんなことを言ってるの? ここはあなたが夢見た剣と魔法の異世界よ。スピリチュアル能力くらいあってもいいじゃない」

「違う。魔法は魔法の法則に基づいた現象のはずだ。未知のエネルギーを変換する、何らかのシステムがあるに違いない。……というか、なんで俺はまだ魔法を見ていないんだ? 本当にあるのか?」


俺が疑り深く問い返すと、サティアはクスクスと笑った。


「まったく疑り深いわねえ。じゃあ、今日は魔法を見に行けば? 納得できるまで観察しなさいな」

「見れるのか。どこに行けばいい」

「そうね。まず魔道具ならそこにあるわよ。テーブルの上に給水器があるじゃない」


俺は部屋の隅にある、小さな木製の給水器に目を向けた。

蛇口をひねると、どこにもタンクが繋がっていないのに、透明な水が流れ出してくる。


「これが魔道具? ……原理はどうなってるんだ」


「中に魔石と魔法陣が組み込まれているの。魔石のエネルギーを、魔法陣というプログラムを通して、水を生成する現象に変換しているのよ。つまり、魔石と魔法陣があれば誰でも魔法を使えるってわけ」


「……つまり、エネルギー源と実行プログラムのセットか。極めて工学的な話だな。じゃあ、生身で魔法を使う、いわゆる魔法使いっていうのはいないのか?」


「もちろんいるわよ。自分の体の中に仮想の魔法陣を描けるスキルを持った人たちね。冒険者ギルドの演習場にでも行けば会えるんじゃないかしら」


「よし、今日は冒険者ギルドで魔法を見るぞ。オカルトじゃない、この世界の物理学を解明してやる」

俺は勇んで宿を出た。


街はやはり、日本ではなかった。昨日は気づいていなかったが、異世界の王道である中世ヨーロッパとも少し違う。もう少し文明が進んでいる感じだ。


例えば街灯。通りにそって柱が建てられ、その上部に透明な板に囲まれた装置がある。


「街灯も魔道具のひとつよ。あそこの中にある魔石デバイスが光っているの」


「魔石デバイス?」

「そう、さっきの給水器にもあったんだけど。魔道具はたいてい、魔法をコントロールする『魔法陣』と、実際に魔法を出現させる『魔石デバイス』と、魔力を供給する『魔料石』の3つで動いているわ。『魔石デバイス』になるのは質の良い魔石で、魔料石は質の良くない魔石を使うの。

ただ、たぶんこういう街灯については、そこに魔料石があるんじゃなくて、魔力線で他から魔力をひっぱってきるけどね」


サティアにしてはずいぶんとわかりやすい説明だ。


「失礼ね。いつだってわかりやすく説明してるわよ。わかりにくく感じることがあるとしたら、それはコウくんの中に対応する言葉がないせいね」


「あれも魔法を使っているのか?」

俺は広場の中央にある噴水を見ながら言った。中央からと周囲からと代わる代わる水が断続的に吹き出している。


「そうね。あれなんかは、かなり凝った魔法陣を使っているわね。たぶん水は自然のものだと思うけど、いつどのくらい吹き上げるか魔法陣に書き込まれているのよ」


つまりは、俺がいた世界の街で噴水をコントロールしているのと同じ仕組みってことか。やはり魔法陣っていうのはプログラムだな。俺も勉強すれば魔法陣をかけるようになるだろうか?


「うーん。あなたに才能がないとは思わないけど、やめておいた方がいいんじゃないかしら」

「なんでだよ?」


「魔法陣はね。『聖奇跡教会』の専売なの。勝手に魔法陣を書いたら怒られるし、あなたに教会に所属してほしくはないわ」


げげっ! 教会だと?

しかも名前が『聖奇跡教会』!

スピリチュアルもうさんくさいが、さらにうさんくさそうだ。言われなくとも近寄りたくない。


しかも魔法陣を独占しているだと?

これは…異世界転生ものの常識に照らし合わせて…悪だな。世界を裏から牛耳っている組織に違いない。


俺は、裏にはびこる悪を想像しながら街を眺め、冒険者ギルドへと向かった。


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