第5話 悪い予感は実現する

人が枝を切り落とした跡などが見つかり、ようやく人里らしき気配を感じ始めた頃。

俺の心臓は、期待よりもむしろ激しい警鐘を鳴らしていた。


(このまま無事に着くはずがない。絶対にだ)


これは悲観論ではない。

二十数年の人生で培われた、極めて精度の高い不運の確率論に基づく予測だ。

森の出口。人里への希望が見えた瞬間。

こういう時こそ、腹を空かせた狂暴な魔物が、曲がり角で待ち伏せしている確率が跳ね上がる。

それが大不幸という名前を背負った俺の、避けては通れない運命のダイナミズムなのだ。


「コウ君、その不運のオーダー、宇宙がしっかり受け取っちゃったみたいよ?」


サティアの楽しげな声が響いたのと、背後の茂みが激しい音を立てたのは、ほぼ同時だった。


「グガァァァァァッ!!」


獣臭い、湿った風が首筋を撫でる。

振り返れば、そこには巨大な、軽トラほどの大きさがあるイノシシがいた。

ただの猪じゃない。

口の両端から、太い丸太のような牙が突き出した、いわゆるグレート・ボアというやつだ。


「ほ、ほら見ろ!! 俺の不運の確率を! 80%…いや、85%の確率で障害が現れると思ってたんだ」


「そんなに嬉しそうに言わなくても。ほら、元気な子が突進してくるわよ。走りなさいな」


「言われなくても!!」


俺は脱兎のごとく駆け出した。

だが、ここでも俺のダイフコウ・クオリティーが火を吹く。

逃げる先の泥が、不自然なほどそこだけぬかるんでいたのだ。


「おわっ!?」


片勾配の場所で派手に足を取られ、俺は斜面を転がり落ちた。

背中を打ち付け、なんとか体勢を立て直した先は……最悪だった。

斜面を降りた先は、とうてい登れなさそうな崖。

振り向くと、グレートボアがズルズルと降りてきている。さすがに4つ足はバランスを崩しそうにない。


「……くそっ。武器も魔法もない。詰みか。俺の転生ライフ、これでで最終回かよ」


「何よ、最終回って? まだ、私しか読者がついてないのに終わっちゃダメよ。ほら、周りを見て、得意の分析力でピンチを脱出する方法を見つけなさいよ」


俺は、「言われるまでもなく」周囲の状況を観察した。

ここは、簡単に言えば谷の様になっている。不本意な体勢ながら安全に降りてきた側の斜面と、高さが10メートルはありそうな崖に挟まれている。

谷っぽい地形だが、水は流れていない。

俺たちがやって来た方向に少し行ったところで、谷は徐々に浅くなっていって上の地形に合流している。

反対側には谷地形が続いているので、ここは谷の一番上流のあたりということなのだろう。

で……? 何か使えそうなものは……?


「ねえコウ君。あそこの突き出た岩の棚、見てるだけでドキドキしない? ブルブルまではいかないけどジリジリって感じ?」


サティアが、崖の途中に不自然に突き出した巨大な岩のオーバーハングを見て言った。

ドキドキ?

ブルブル?

ジリジリ?

俺は恐怖で麻痺しかけた脳をフル回転させ、彼女の感覚的な言葉を高速で翻訳し始めた。


(ドキドキ? 誰が? 岩が? いや、サティアが、だろう。サティアはあの岩を見て何か不安なものを感じている。それはわかる、今にも落ちそうだもんな。

……今にも落ちそう? そうか、ブルブルとかジリジリとかは、その構造的なバランスが今にも崩れそうという感覚表現なんだ。崩落が始まる臨界点に達しているんだな!? 自重だけで破断寸前の状態、つまり極限までストレスが集中しているポイントがある! そこにあと少し力を加えれば……

そう、例えば……)


《あのグレートボアが突進する。俺を狙っているが、俺が避ける事で、あの岩のある場所の下の崖に激突する。その衝撃で、岩の付け根の構造が耐えられるストレスが臨界を迎えて、岩は崖から分離する。あとは重力に従うだけだが、その位置はグレートボアの上。数トンの質量と、運動エネルギーでグレートボアを叩き潰す》


俺はそうシミュレーションしながら、突き出た岩の下へ走った。まずは俺が囮にならなければ始まらない。

後を振り向くと、グレーとボアは谷底に辿り着いて、こちらを見つけたようだった。突進の準備をしている。


よし、間に合いそうだ。

俺は、目的地へ急ぐ。


しかし後ろから聴こえてくる音は、想像を超えていた。

テンポが速い。


もう一度振り向こうかと思っていた俺に、サティアが叫んだ。

「横に跳んで! 今!」


俺は横に跳んだ。

その脇を、グレートボアが走り向けていく。


俺は少し足を持って行かれて、回転しながら着地した。首を曲げてグレートボアがすっ飛んでいった方を見ると、狙い通り崖に衝突するところだった。



ドォォォォン!!


地面を伝わり腹を揺らす衝撃音。


ビキビキ!


突き出した岩の根っこにヒビが入ったかと思うと、次の瞬間には傾き……


ドンッ!


岩は魔獣のすぐ脇の地面に突き刺さった。


「違ーう!!」


俺は心からの抗議の叫びをあげた。


「あら、コウ君のイメージ、ちょっと解像度が低かったかしら? 残念、あの子、まだやる気満々よ?」


土煙が消え、無傷のグレート・ボアが姿を現した。

まるで俺が、罠に嵌めて岩で押し潰そうとしたとでもいうような、非難がましい目をしている。

いや、誤解です。偶然ですから。と真実を伝えたい。


そしてその横の、崖の一部だった巨岩は、突き出ていた先っぽが地面に突き刺さり、崖にくっついていた側はイノシシよりも遥かに高い場所になっていた。


つまり確率の低いバランスでそこに突っ立っている。


ほんの少しの衝撃で、横に倒れ込みそうな、絶妙すぎるバランス。


俺は、ヤケクソで足元にあった拳大の石を掴んで巨岩に向かって投げつけた。


「ちゃんと倒れろ! バカ岩!」


投げた石は、魔獣の顔に向かって一直線。

俺の運動神経のなさか、それともダイフコウ・クオリティーか。


魔獣は自分の顔に飛んできたヘナチョコボールを、その牙で弾いた。ツーストライクに追い込まれた殿堂入り打者イチローが、ハズレ球をあえてファールにするように。


弾かれた石は、巨岩の最も重心の偏った先端部分にカツンと当たった。

それは、俺の力だけではなく、それにグレートボアの打撃力が加わった石だった。

臨界点を超えていた構造物にとっては、それが最後のトドメとなった。


…………!


音もなく、斜めに突き刺さっていた巨岩が、ゆっくりと、しかし確実に傾斜を深めていく。

グレートボアが気づいた時には、すでに巨岩の倒れ込む先端はかなりの速度になっていた。


ズズゥゥゥゥゥン!!


回避行動をとろうとした魔獣の真上に、巨岩が倒れ込んだ。

今度こそ、逃げ場のない魔獣は完全に岩の下敷きとなり、短い断末魔とともに静かになった。


「…………た、助かった……とも言えるし、当然とも言える……」


危うくフラグを立てそうになった俺はなんとか誤魔化す事に成功した。

大きなイノシシは、ぐちゃぐちゃになっている。もう動きそうにない。


「ほらね、結果オーライ! あなたの投げた石、最高にいい仕事をしたわよ」


サティアが自分の手柄のように煽ってくる。


「何が『ほらね」だ。……力の合成の結果だ。俺の力だけでは岩のバランスを崩すことができなかったが、あのイノシシが自分の顔に向かって来た石を「当然」のリアクションとして牙で弾き、運動エネルギーが足された石が、岩に当たって岩のバランスを崩しただけだ。全ては物理法則に則っている」


「はいはい、お疲れ様。最初からイノシシの顔を狙ってたのならそうかもね?」


サティアの揶揄うような声に言い返す元気もなかった。

俺は震える足で立ち上がり、ボロボロになった服の泥を払う。


「……とにかく、行くぞ。これ以上ここにいたら、別の魔獣が来る確率が統計的に無視できなくなる」


俺は岩の下で絶命した魔獣に一度だけ目をやり、それから前方に広がる街道へと足を進めた。


「あーあ、久しぶりに牡丹鍋、食べたかったなあ」

サティアがボヤく。


この世界にも牡丹鍋があるのだろうか? だとしたら食事事情もそれほど悪くはないだろう。少なくともカエルとイノシシは食えると言う事だ。


「いや、俺スプラッター苦手だから」

岩に潰されたグレートボアを見にいく気にはなれなかった。


「ふーん。でもそうも言ってられなくて、慣れちゃうんだけどね」



しばらく歩くと、木々の切れ間から石造りの頑丈な門が見えてきた。

ようやく、最初の街に到着だ。


「街……。やっと、人間らしい生活ができる……」


「でもコウ君、あなたの 名字、これからも使うつもり? あの門をくぐる時に名乗ったら、世界があなたをダイフコウって認識しちゃうわよ?」


サティアの言葉が、門の前に立つ兵士たちの鋭い視線と重なった。

歓迎されているようには見えない。

むしろ、何らかのトラブルを予感してしまう。


俺はごくりと唾を飲み込み、異世界で最初の社会へと足を踏み入れようとしていた。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

拙作をお読みいただきありがとうございます。


悪い予測を確実に実現させる。

コウの通常営業に戻りましたね。

街ではどんな不運に巻き込まれるのか?

まあ、通常営業ですから想像に難くないです。

それから名字はどうするのか?


明日21時に第6話、第7話を公開します。

お見逃しなく。


ひきつづきコウを見守ってくださる方は、

ぜひ、『フォロー』と『応援』をお願いします。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る