第8話

宇宙機動打撃軍、戦艦ギャラルホルンはドッグでの整備を終え、月面を出航した


「マリウス、半舷上陸はどうだったか?」


「おふくろは元気でしたよ。まあ、変わらず、結婚はしないのか、とかしつこく聞かれましたよ。少佐は?」


マリウスが問い返す


「そうか。俺は結局船から降りずじまいだったよ。やることもないんでな。誘ってくれたらよかったんだが。」


自嘲気味に少佐は答えた


そんな彼に、


「次は誘いますよ。3人で食事にでも行きましょう。」


食事の提案を持ちかける


「ははっ、次はいつかな」


ふっと笑って返した


「ああ、そういえば例の新型、もう搬入されたみたいですよ。」


思い出したようにマリウスが話す


その言葉に少佐は、


「5日で配備か。さすがトラウトマン大将、行動が速いな。見に行こう。」


と配備の速さに感心した


二人はエレベーターに乗りハンガーまで降り、その新型を目にする


「あれが新型か.......」


薄灰色のボディに一つ目の複合センサー、スラスター内蔵の肩部アーマー、特徴的な腕部の4連想重粒子ビーム砲.......


それは今までの機体とは全く異なる雰囲気を発していた


「いつから動かせそうか?」


作業をしていた整備員に少佐が声をかけると、


「はっ、明日には動かせると思います。」


との返答が返ってくる。


「そうか、ありがとう。」


礼を述べると、少佐はひとり、自室へと戻っていった


「ああ、それで式はいつなんだ?」


「まだ決まってないよ。お前は最近彼女とどうなんだ?」


それを見送ったマリウスの耳に、整備員たちの他愛もない会話がやけに刺さってくる


「結婚か.....」


マリウスは少し淋しげに呟いた


そして母親との会話を思い返す


『私がこの先いなくなったとき、あんたが一人になるのが心配なのよ。』


母のその言葉も意味も、十分に理解していた


マリウスの父は、マリウスが10歳のときに急逝した

そのときの母親の衝撃や孤独が、マリウスの目にはしかと映っていた

夜中に一人、キッチンで泣く母の姿

進学を諦め軍に入ったのも、そんな母親に経済的負担をかけさせないためだった

だが彼自身も、自分がいなくなったときに、パートナーに淋しい思いをさせたくはなかった

何より、この宇宙機動打撃軍では、長期間の航海に出ることも多い

家族や恋人との時間など、滅多に取ることができない


「大尉、大丈夫ですか?」


この船ではそう多く聞くことのない女性の声


目を遣ると、黒髪のボブカットに自分より15cmほどは低い背丈。

そこには電子戦士官のイルゼ少尉がそばに立っていた


「ああ、少し考え事してただけで、大丈夫だよ。」


つい逆に気を遣うように話すマリウスに、


「人ってこんなに近くに居ても気づかないものなんですね。まさかあのベテランのマリウス大尉がね。」


彼女はくすっと微笑んだ。


「ホントだよ。戦場だったら危なかった。」


マリウスも呆れたように笑う。


「大尉は寄港中は何をされてたんですか?」


少尉が問う


今まで彼女とプライベートな話をすることもなかったが、ここでしない理由も彼にはなかったので、


「実家に帰ってたよ。月面のソーマ・アインツ市出身でね。」


と返答すると、


「アインツですか!?私ミナ・タバフ市です!近いじゃないですか!」


イルゼ少尉が食いつく


「いや、母親が『結婚はまだか』ってうるさくてね.....」


ふとマリウスが口にする


「あーわかりますそれ。私も実家に帰るたびにお母さんが、『もう28になるんだからちゃんと考えなさい』って言うんです。」


彼女は小さなため息をつく


「28か。意外と歳が近かったんだな....」


と呟く彼に、


「まだ27歳ですけどね!大尉は?」


訂正して聞き返す


「33だよ。」


その答えに、


「お互い、もういい歳ですね。でも、仕事は続けたいからなぁ......」


彼女は少し親しみを込めた声で口にて、遠くを見つめる


「きっと少尉のことだ、いい人が見つかるよ。」


その気遣いに彼女は、


「そんな投げやりな......あ、そろそろ行かなきゃ。ではまた後で。」


少ししょんぼりして、時計を見て思い出したように告げ、ハンガーを後にした


マリウスの胸の内に、言葉にできない温もりが宿っていた


_________________________


食堂で談笑する部下たちの声を聞き、少佐は思い出す


戦いの中で亡くなっていた者たちを


部下に好かれる良い上官でありたい、となど思っていない


ただ、今の自分にできることは全てやってやりたい


戦局を変えるために一日何回出撃しようと、何十機落とそうと、犠牲は出続ける。

運命からは逃れられなかったのだ

他人の死の運命までは、己の力ではどうともできなかった


だから生き残った者の、せめてもの弔いとして、この身体が滅びるまで戦い続けよう、と心に決めた


それは戦いしかできない不器用なエースである彼の、部下への最大の弔いであった


そして彼は今でも、母艦であるこの船で、未帰還となった部下たちを待ち続けているのだった

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