第4話 最後の日

 7日目、日曜日の夕方。太陽がなくなるまであと7時間を切った今、僕は家でのんびりと過ごしていた。明星さんもまた、僕の横で膝を抱えて座っている。


「明星さん」


「はい、なんでしょう」


「ここまで手の届く範囲でデートしてきましたけど、地球文明が有益だと思ってもらえる何かはありましたか?」


「……いいえ。むしろ何一つとして、我々の興味を惹かないことを確認いたしました」


 明星さんは、少し残念そうに目を細めた。


「そう、ですか。まあそうですよねぇ……」


 分かってはいた。やはり一般人である僕が、太陽をどうにかできてしまうような文明に対して地球の魅力をプレゼンするなんて無理があったのだ。


 もっとも、科学者や政治家であればどうにかなったのか、と言われると、それも疑問だけど。


 分かっていても、残念なような、恐怖のような、どうにも言い表せない感情が影を落としてしまう。


 そんな僕を見て、明星さんは「でも」と続けた。


「この1週間は、私にとって、生きていた中で1番楽しい時間でした。私の最後の任務をあなたと共にいられて、本当に良かったと思っています」


「……最後?」


 不穏な言葉が耳に届き、思わず首を持ち上げてしまう。明星さんは悲しそうに笑っていた。


「私、地球人の方々がどういう道をたどったとしても、この地球と共に死ぬことが決まっているんです」


「死ぬ!? な、なんでですか!?」


 明星さんは窓の外に視線を移した。その目は悲しそうではあるものの、どこか満足げだ。


「……正吾さんは、感情っていうものについてどう思いますか?」


「感情、ですか……? いえ、うーん……どう、と言われても……」


「そうですよね。地球人にはあって当たり前。だから、感情があるからといってなんとも思わないですよね。私の星では、感情を持つ事は一種の障害だと考えられています」


「感情が、障害?」


「そうです。感情があるだけで正常な判断能力が失われ、脳のリソースを割かれ、緊急時に思考を放棄してしまう。合理が全ての私の星では、これは許されません」


「だからと言って死ぬことなんて──」


「私がそう望みました」


「……死ぬ、ことなんて……」


 本人が望んだ。そう言われると、もう何も言えない。体から力が抜ける。彼女に何を伝えるべきか分からない。


 僕には想像ができないのだ。本来感情が存在せず、失敗があり得ない世界で、自分が持つ感情を押し殺しながらただ成功し続けなければいけない世界を。


 文字通り住む世界が違う彼女が、元の世界を捨てて死を選ぶ。これを止められる言葉が、一体どこにあるのだろうか。


「そんなに悲しそうな顔をしないでください。私、正吾さんから1番嬉しいプレゼントも貰ったんですよ。なんだと思いますか?」


 言われても、特に何か特別なプレゼントをした覚えはない。渡したものといえば──


「ウミガメのぬいぐるみですか?」


「名前です。秋夜明星。地球から845億光年も離れた星の私が、秋の一等星なんて。おかしいと思いませんか?」


「ああ、言われてみれば……」


「私の星では、人ごとに名前を持ちません。個体識別番号で呼ばれます。だから涙が出るくらいに、嬉しかったんです。この名前と共に死ねるのなら、私は……」


 そう言いながら、彼女は笑っていた。本当に嬉しそうに涙を流して。


 だからこそ僕は、思ってしまったのだ。もっと笑っていて欲しい。彼女とまだ、一緒にいたい、と。


「明星さん!」


「は、はい?」


 気付いたら、僕は明星さんの両肩を強く掴んでいた。涙に濡れた顔は本当に美しくて、思わず見惚れてしまいそうだ。


 僕が急に大声を出して肩を掴んだものだから、明星さんは驚いた顔で僕を見つめている。


「決めました。人類をどうするかを」


「あら、ずいぶん急ですね。では、聞かせてください。本部に伝えますので」


「はい。僕は──」


  ***


 僕の提案を、明星さんの本部は受け入れた。時刻は深夜0時前。間もなく太陽は兵器として使われて、地球は蒸発する。


 僕は、明星さんを最後のデートに連れ出していた。人の気配がない、歩いて移動できる場所にあった少し小高い丘の上。頭上には大きな月と綺麗な星々。そして、一際強く輝く秋の一等星フォーマルハウト


 僕が住む街を見下ろせる場所にあるベンチに2人で並んで座り、手にはコンビニで買った温かい缶コーヒーと肉まんを持っている。


「本当に、良かったのですか? これでは、地球人は……」


「いいんですよ。僕は明星さんが持つ超文明の力を信じていますので」


「あら……」


 明星さんは、こちらに体を寄せて密着すると、僕の肩に頭を乗せて肉まんを齧った。


「美味しい……食事は、ロケーションも大事なのですね」


「そ、そうですね……」


 身体が硬くなる。これから世界が滅ぶことより、彼女の体温を感じる方が余程緊張してしまう。


 他愛のない話を繰り返す。明星さんはちょっとした話で笑い、驚き、コロコロと表情が変わる。


 その時、暗いはずの夜空が明るく輝いた。街は昼間のように明るく照らされ、空に見えるのは月と秋の一等星だけになった。時計を見ると時刻は0時過ぎ。始まったのだ。


「正吾さん」


 呼ばれて明星さんを見ると、その細腕を首に回された。綺麗な顔が一気に眼前に迫り、柔らかな感触が唇に伝わる。


 それが、僕が見た最期の光景。


 その日、太陽は兵器として使用された。それに伴い、地球は蒸発。地球上の全ての生き物は、地球と共に死に絶えた。

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