第13話 負ける前に負けることを考えるな

「ミィ……!」


 部屋の入口ではサクヤが固唾を呑んで見守っていた。


「すごい、アサヒミナのときよりずっと押してる……勝てるよ……!」


 攻勢のミツキを見つめ、体が前のめりになる。


「逸るな、サクヤ」


「っ!?」


 鬼の面を被った甲冑の男がサクヤの背後に立っていた。驚いたサクヤは尻餅をつき、後ずさった。


「だ、だれ!? まだ傭兵の人がいたの!?」


「慌てるな、わしはラセツ。ミツキの味方だ」


「ミィの……? でも、おじさんなんて知らないよ、アサヒミナの人?」


「……かつてはそうだった」


 ラセツは手を差し伸べ、サクヤの体を起こす。 


「わしのことはいい。それよりもカマンセーヌ……彼奴に気を付けろ」


「うん、あの人きらい」


「……そういう意味ではない。彼奴は後ろに手を回しているだろう? 恐らく厄介な事をしているに違いない」


「どうしてわかるの?」


「あの時と同じだからだ」


 仮面越しに憎しみが溢れている。初対面、かつ怪しい出で立ちだが、なぜだか信じられる。


「ねえおじさん……わたしたちって会ったことある? それにどうしてわたしの名前を知ってるの?」


「……さてな」


 男は腕を組み、戦いの様子を見守りつつ、その後ろにいるヒナタ、カマンセーヌの動きを注視する。さすがに不審な男が居ることに気が付いているようだ。


「サクヤよ、わしには時間がない。あの男が妙な術を使う前にヒナタを取り戻すのだ」


「取り戻すって言ったって、どうやって?」


「よく聞け──」


***


「どうした! お嬢さんの力はそんなもんじゃないだろ!」


「あなたこそ! 手加減してるの!?」


 手数ではミツキが優勢だが、攻めきれずにいた。


 ダルシアンには一撃の重みがあり、クリーンヒットすれば盤面は一瞬で傾くという心理的余裕もあり、実際にはダルシアンが優勢だ。


「ならこの攻撃ならどうだ!」


 彼は三歩下がり、大剣を振りかぶった。一撃に力を込めるよう、全身に闘気が溢れ出る。


「死にたくなければ避けろ!」


「そんな遠くからの攻撃なんて──」


 剣を振り降ろすと斬撃が風を断ち、衝撃とともに櫓の床ごと断ち切っていく。


 ミツキは寸前のところで横へ飛び込み、回避する。


「な、なんて威力……!」


 櫓が縦に斬られたように、ダルシアンから一直線上の床は全て崩れていった。


「よく躱せたな」


「ご親切に言ってくれたからだよ」


「見てから躱せるのは簡単じゃない、誇れ」


 剣を構え直し、再び向かい合う。


("黒麒麟"でも、実力差は埋まらない、か……)


 愛刀を見つめ、一筋の汗が流れる。


(このままだと、私は負ける……)


 震える手で柄を握り直す。先程の技がフラッシュバックし、視界はもやがかかり、呼吸が荒くなる。


(……父さんだったら、どう戦うのかな……)


「諦めるなミツキ!」


 ハッとして声の方向へ振り向くと、ラセツが腕を組み、立っていた。


「"黒麒麟"はただの刀ではない! わしがしたことを思い出してみよ!」


「ラセツ……」


「まだ負けていない! 負けることを考えるな! そんな気持ちでは勝てるものも勝てないぞ!」


「……!! そうか、そうだね。ふふ……そういうことだったんだ……」


 いつの間にか手の震えは収まり、視界も広くなったようによく見える。


「あの装備は……。ミツキの仲間か?」


 ダルシアンが尋ねる。


「……少し違うよ。私の……」


 "黒麒麟"に風が集まり、部屋の瓦礫が吹き荒れる。


「私の師匠だよ」


 その眼には迷いは消え、穏やかな表情に満ちていた。戦う人間のそれではなく、ただの少女のようだ。


 風がピタリと止み、室内は静寂に包まれる。


彼女はゆっくりと、自然に歩き始めた。


「……なんだ、諦めたのか、それとも作戦か?」


 殺気を感じられず、構えもせずに近付いてくるミツキに対して不審に思うダルシアン。


「悪いがこっちも本気なんだ!」


 大剣をミツキ目掛けて振り抜いた。が、手応えがない。まさに風を切っただけだ。


「!?」


 間違いなくミツキを斬ったはずだが、何もない空間を斬っただけだった。つまりこれは──。


「残像か!」


「正解っ!」


 残像の背後では"本体"が"黒麒麟"に風を集めていた。


「だが反撃が遅いな!」


 ダルシアンは"本体"に向かって思い切り大剣を放り投げた。しかし、その大剣は"本体"をすり抜け壁に突き刺さった。


「っ! これも残像──」


「ここだぁぁぁ!!」


 天井から刀を振りかぶりながら落下してくるミツキ。虚を突かれたダルシアンは剣を投げた体勢から動けないでいた。


「──俺の負けか」


 にやりと笑い、ぼそっと呟いた。天からの袈裟斬りを喰らうと、黒い風が四方に解放されるように吹き荒れながら、ダルシアンは倒れた。


「はぁ……はぁ……やった……!」


 ミツキは着地後、よろめきながら体勢を整える。


「私の、私の勝ちだ……!」


 拳を握り、噛み締めるように呟く。

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