第9話 勇気を持って

「入れたのはいいけど、二人はどこに……」


 木造の階段がミツキの足元で軋み、埃が舞う。遠くで傭兵の足音が響き、彼女の心臓を締め付ける。


 ミツキは姿勢を低くし、なるべく身を隠しながら進んでいく。


 櫓内には後詰の傭兵たちが多く、慌ただしく動き回っている。ラセツが注意を引きつけてる間に、なんとか探し出さなければ。


「おい! 堕天使が攻め込んで来たみたいだぞ!」「隊長の言っていた奴か?」「わかんねえけどかなり強いみたいだ! 早く応援に行くぞ!」


 傭兵たちは外へ向かっていく。この隙に片っ端から部屋を開けていき、捜索していく。


 しかしどの部屋ももぬけの殻で、ヒナタたちは見当たらない。


「ここでもない……っ!」


 焦りと不安が胸を支配する。本当にこの櫓にいるのか心配になってきた。


「おーい! そこのお前! どうしたんだ!」


 廊下の奥から傭兵が呼びかけてくる。反射的に部屋の中へ入り扉を閉めた。どうやらミツキを仲間の傭兵と勘違いしたみたいだ。


 どうする? 返事をするわけにはいかないし、かと言って無視するのも怪しい。それなら彼を倒してしまうか? しかし彼の後ろに仲間がいるかもしれない。ヒナタたちを見つける前に自分が見つかるのは分が悪い。


「大丈夫かー? 体調でも悪いのかー?」


 それなら隠れられる場所がないか部屋の中を見渡す。しかし荷物は何もなく、空っぽの部屋であった。別の場所へ逃げられる窓や他の部屋がないか確認するも、なにもない。


「どうしたんだ?」「ああ、あそこに誰かいるんだ」


 別の人の声が聞こえる。仲間が合流したのか。どんどん声が近付いてくる。決断を急がなければ……!


 足音が部屋の前で止まる。


「おい、開けるぞ」


 扉が少しづつ開いていく──。


「おーい!! 警備を上の方へ集中させろってよ!!!」


 遠くから大声が響く。別の傭兵が呼びかけているのか、走り回る音が聞こえる。


「なんだよ、下はいいのか?」「どうせあの貴族サマの命令だろ、ふざけた野郎だ」「はは、まったくだな」「おい、お前も聞こえたろ。サボってねえで上で警備しろよ」


 開きかけの扉のまま傭兵たちは去っていく。どうやら助かったようだ。ミツキは大きく息を吐いた。


「危なかった……。……警備を上の方へ、か」


 カマンセーヌは上階にいるのだろうか。なら人質も一緒にいるかもしれない。


「よし……行こう」


 意を決して扉を開け、廊下へ出る。


「きゃっ……!」


 すると出合い頭に横から衝撃を受ける。不意の攻撃に体勢を崩しそうになるも、なんとか耐える。


「女の子……?」


 ぶつかってきた少女は転び、尻もちをついた。ミツキは視線を少女に向けると目を見開いた。


「サクヤ!?」


「ミィ!? なんでここに!?」


 人質のはずのサクヤだった。サクヤも驚き、目をパチパチしている。


「助けにきたの、よかった無事で……!」


 笑みを浮かべ、手を差し伸べる。しかしサクヤは状況がよく理解できずにいる。


「え、だって、なんで……っ! うぅ、ミィ〜!」


 ようやく安心し、ミツキに抱きつき涙を流す。


「頑張ったね。怪我はない? 怖くなかった?」


「う、うん。ヒナねぇが逃がしてくれて……」


 サクヤはハッとし、早口に喋りだす。


「そう!ヒナねぇがわたしを逃がしてくれて、男の人が出口を教えてくれて、それで、それで……」


「待って待って少し落ち着いて。いったん深呼吸して」


「う、うん」


 サクヤはゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。


「よし、じゃあサクヤ、ヒナが逃がしてくれたの?」


「うん。外で凄い音が聞こえたあと、櫓が揺れてね。ヒナねぇが今なら混乱してるから逃げられるって言ってくれて。でも部屋には傭兵の人がいて……」


「……もしかしてダルシアン?」


「そう、そんな名前だったかも。その人がわたしを逃げやすいように警備を変えるって」


「ダルシアンが!? どうして!?」


「『このお嬢さんは関係ないから』だって」


 サクヤは関係ない? 意味がわからない。


「それでここまで逃げてたらミィに……ってかんじ」


「そう……ありがとう」


 とにかく、サクヤが無事でよかった。


「ここまでよく頑張ったね、危ないから安全なところまで連れていくよ」


「ま、待って! ヒナねぇがまだ!」


「もちろんヒナも助ける」


「……ミィは怖くないの?」


「怖いよ。でもサクヤとヒナのためならなんだってするよ」


 目線を合わせ、微笑みながら語りかける。サクヤはじっと目を見つめると口を閉じる。


「……目、赤くなったね」


「……うん。"魔神器"を解放した影響で、ね」


 ミツキは左手で目尻を触り、力なく笑う。


「怖いよね、こんなの」


 サクヤは顔を横に振り、まっすぐ瞳を見つめる。


「ううん、目が赤くなったってミィはミィでしょ。……ミィはすごい覚悟で来てくれたんだね」


「サクヤ?」


「……」


 10年前、ミツキは攫われヒナタは力に目覚め、見知らぬミツキの父は亡くなった。サクヤにとって知らない物語で絵空事のように聞こえたが、少しばかりの疎外感を感じた。


 それでもミツキが堕天使へのコンプレックスを持っていることは感づいており、触れられないでいた。サクヤにとっては些事なことだが、ミツキにとって大切なことなのは分かっているつもりである。


 それでも、堕天使の象徴である"血の目"になってまで助けに来てくれた。


「ミィ……わたしは……」


 服装も町で見たときよりも汚れ、ボロボロになっている。綺麗な肌には傷や血の跡が目立ち、昨日までのミツキは見る影もない。


「わたしは……」


 自分も強ければ、ヒナタを守れていたかもしれない。ミツキのように自分と向き合えば、強くなれるかもしれない。その勇気を、一歩を踏み出したい。


「ミィっ! わたしも戦う! 守られてばかりはもういやだから! ミィみたいにはなれないけど、わたしにもできることはあると思うの!」


「サクヤ……」


 力強く真摯な眼差しは、思いつきで言ったわけではなく、勇気を、決意を持った瞳だ。


「おねがい、ミィ! わたしもヒナねぇを助けたいの!」


「……わかった。それじゃあ危ないことはしないでね」


 どのみちサクヤを一人にするのは危険だったかもしれない。ならば一緒に行動した方が安全だ。


「ミィ……! ありがとう!」


「……こっちがありがとうだよ」


 聞こえないよう小さく呟く。"血の目"のミツキを簡単に受け入れ、あまつさえ慕ってくれるなんて。相手を照らす明るさを持つサクヤには心を洗われる。


 それでも、サクヤの前では頼れるお姉さんでいたい為、思わず照れてしまう。


「えっ? なにか言った?」


「なんでもない。それよりもヒナの場所は──」


「おい! 侵入者がいるぞ!!」


 廊下の奥から声が響き、傭兵たちがこちらに注目していた。


 ミツキはサクヤの前へ立ち、"黒麒麟"に力を集中させ、黒い風を刀身に纏わせた。


「このままヒナのところへ向かう! サクヤは先導をお願い!」


「う、うん! 最上階まで行くよ!」


「わかった! 後ろは任せて!」


 傭兵に向かって"黒麒麟"を力いっぱい振り抜くと、廊下の扉を吹き飛ばす力を持つ黒い衝撃波を放った。


 ラセツほどとは言えないが、相手を足止めする程度の力があり、傭兵たちは吹き飛ぶ。


「よし! 行こう!」


 サクヤは階段側へ駆け出し、ミツキは護衛するように後ろに着く。


「待ってて、ヒナねぇ……!」


 決意を胸に、サクヤはまっすぐ走り続ける。

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