第10話 唸れ必殺フライパン

「人質を逃がしただと!? なにをやっているんだ!!」


 最上階ではカマンセーヌが苛立ちをあらわにし、ダルシアンに詰め寄る。


「侵入者まで許すなんて! 何の為にキミたちを雇ったと思っているんだ!」


「神子の捜索および保護、そして旦那の護衛だろ? だったらあのお嬢さんは関係ないじゃないか」


「ヒナタ・ナツゾラが従わない以上、人質は必要だ! そんなことも分からないのか!?」


「俺たちは傭兵だ、賊じゃねえ。無関係の人間を巻き込むのは矜持に反するんでね」


「矜持!? ハッ! 下賤な傭兵が矜持とは笑えるね! キミたちは雇い主に従っていればいいんだよ!」


「あぁ、雇い旦那の護衛はしますよ、ご安心を」


「……くそっ! だったらさっさと侵入者を消せ!」


カマンセーヌは椅子を強く引き、ドシンと座る。


「ああヒナタさん、騒がしたね。ネズミが侵入したみたいでね、非礼をお許しいただきたい」


 先程までの怒りがなかったように振る舞い、机の上で手を組む。


 ヒナタは毅然とした態度で向き合う。


「鼠だって侮れないわよ。窮鼠は猫を噛むもの」


「この地域のコトワザかい? ネズミがネコを噛むだなんて、おかしな話だね」


「追い込まれた鼠は、油断ならないほど凶暴よ。簡単にはやられないわ」


「……」


 カマンセーヌは黙り込み、何かを思い出したかのように口を開く。


「そうか、侵入者はあの堕天使血の目か」


「……」


「なるほどね、合点がいったよ。しかし面白い状況になったね」


「面白い?」


「そうさ。今の状況は10年前とそっくりじゃないか。ボクの兄が堕天使を攫い、キミが救いに来た……キミたちの立場は逆だが、登場人物は同じだ」


「同じだとしたら、あなたは死ぬわ」


「キミにかい? それとも堕天使血の目にか? ふん。殺されてたまるか、返り討ちにしてやる」


 彼は椅子の背もたれに寄りかかる。


「キミが協力してくれるのなら、お友達は見逃してやっていいんだ。こんないい条件はないだろう?」


「従わないわ。誰も殺させない。あたしが守る」


「滑稽だね。キミはここにいるのにどうやって守るんだい?」


「……」


 彼女は目を閉じ、右手を胸に当て、指先を震わせながら深呼吸をする。ゆっくりと目を開け、まっすぐカマンセーヌを見つめた。


「なんだ? 妙なことを考え──」


「危ねえ!」


 間一髪、ダルシアンが二人の間に入り、大剣を振り払う。


 斬りつけた空間が燃え盛り、火の粉が重力に従い落ちていく。


「下がりな旦那。獲りにきてる」


「ダ、ダルシアン? なんだ、なんなんだ!!なにをとるんだ!?」


「あなたの命よ」


 彼の代わりに返答するヒナタ。足元から魔力が溢れ、全身をオーラの様に包みこんでいる。


「なっ……! 二対一だぞ! キミが力を持っているからといって──」


「サクヤちゃんが居たから抵抗しなかっただけよ、お望みなら櫓ごと燃やしてあげるわ……!」


 放出するオーラの一部を炎に変え、威圧するように熱波を放つ。炎は蛇のようにうねり、壁を焦がしながら広がっていく。


 ──彼女は強気な様子をみせるが、一筋の汗が流れた。



***


「ここを左に曲がって……っていっぱいいる!?」


 サクヤの先導のもと、追手から逃げつつ進む二人。


 行く先行く先で傭兵が詰めており、思うように進めない状況が続く。


 ミツキは庇うように前に出る。


「強行突破する。サクヤは──」


「ま、まって、うしろからも来てる!」


「っ!」


 後方からは複数の傭兵が迫っており、木製の床が軋む音が響いてくる。


 狭い通路なので両方から攻められたらひとたまりもない、しかし逃げられる場所など──。


「ミィ! ここに扉が!」


「よしっ!」


 急いで扉を開け、中に入る。どうやら台所だったようで、調理器具が多く吊るされている。


「サクヤは奥へ」


「う、うん!」


 入口で陣取り、扉から入ってくる者を一人づつを丁寧に倒していく。


 しかし、傭兵側は不利と察し、なかなか攻めてこなくなった。


「どうしたの、かかってきて!」


 挑発するように発するが、効果はない。


「おい! 誰かパイナップルもってなかったか!」


 傭兵の一人が周りに向かって叫ぶと、ざわつきはじめた。


「おいおいこんな子供相手に使うのかよ」「非殺傷のやつがあるだろ」「あれ高いんだよな」「どうせ金貰えるんだからケチケチすんなよ」


「パイナップル……?」


 ミツキとサクヤが同時に呟く。いきなり果物がどうしたというのだ。


 呆けているのも束の間、サクヤはハッとし青ざめる。


「ミ、ミィ! まずいよ!」


「まずい…… パイナップルが……? あの黄色い……」


「そうだけど! そうじゃなくて!」


「じゃあなんなの」


「魔力が込められた爆弾って意味!!」


「!!」


 そこでようやく思い出した。そんなものが爆発したら台所はひとたまりもない。急いで対策を──。


 視線を扉へ戻すと、パイナップルのような形をした爆弾が宙を舞い、室内へ投げ込まれていた。


(斬る──いや斬ったら爆発する……?逃げる。今から? 無理。間に合わない)


 一瞬で思考が巡るもどれも対策にはならない。スローモーションにも感じる瞬間が続くが、身体が動かない。もはやここまでか……。


「ミィー!!どい、てぇ!!」


 サクヤはフライパンを構え、大きくスイングし爆弾を廊下まで打ち返す。


 山なりに飛んだ爆弾は廊下の壁へぶつかると、大きな音を立て閃光とともに爆発した。


 ハッとしたミツキは扉の直角へ向かい、サクヤを抱え大きく飛び込む。少し遅れていれば爆発に巻き込まれるところであった。


 爆発の余波で煙が充満し、破壊された扉や壁が音を立て崩れていく。


「けほっけほっ……サクヤ、怪我はない?」


「う、うん……少し重いけど……」


 ミツキは少女に覆いかぶさった状態であることに気付き、ゆっくりと離れ、手を差し伸べる。


「平気そうだね。助かったよ」


「うん……フライパンがあってよかった……!」


 フライパンを抱きしめた後、手に掴まり体を起こす。


「お手柄だね、サクヤがいてよかった」


「べっ、べつにこれくらい、まだヒナねぇを助けられてないんだから! お礼ははやいよ!」


「ふふっ、うん、はやくヒナを助けよう」


 サクヤは太陽の光のような存在だ。彼女がいると明るくなれるし、自然と笑みが溢れる。愛おしい妹みたいな娘。


「いまの爆発でまた人が集まってきちゃうかもだし、はやく行こう!」


 サクヤはフライパンを持ったまま台所から飛び出し、ミツキを急かす。


「ヒナの部屋は?」


「あと少し!」


「よし、行こう!」


 二人は風のように駆け出していく──。


 先程の部隊で傭兵たちはほぼ壊滅したみたいで、櫓内は二人だけの空間にも思えた。


 しかしまだ彼の姿が見えない。きっとヒナタとカマンセーヌの部屋にいるのだろう。町では歯が立たなかったが、今は違う。自身を受け入れ、大切な人の為に剣を振るう。そんな簡単なことでよかったんだ。


「この階段のさき! あの扉!」


 サクヤは走りながら指を差す。


「ここに……! ヒナ!」


 もうすぐそこに彼女がいる。気持ちが逸る。『助けに来た、もう大丈夫』そう伝え1秒でも早く安心させたい。そう思うと考えるよりも先に声に出ていた──。

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