木星道中 ②
木星に着くと、ロータリーに通された。
病院までは歩いて行け、とのことだろう。
空は澄み切っていて、あまりにも綺麗だった。
思わず、足を止めて見惚れてしまっていた。
トランクから荷物を引っ張り出し、扉を閉める。
ジープは何事もなかったかのように、自然とタクシーの待機列へ戻っていった。
振り返っても、もうそこに四木はいない。
綺麗な木々に囲まれ、足元に咲いた花は、私の到着を演出してくれているかのようだった。
街のどこを見ても、整っていて、命が根付いていることがよくわかる。
ノギマコ大附属病院まで、ここから徒歩二十分程度との表示が出ていた。
すれ違う人々は皆、「こんにちは」と声をかけ、
左側通行を徹底して歩いていた。
規律を守り、輪を崩さない、その美しさ。
車は歩行者を優先し、歩行者は頭を下げてその前を行く。
空を飛ぶ車も、地を走る車も例外はなく、誰一人として、秩序からはみ出る者はいなかった。
病院は、想像通りの大病院だった。
外観は美しく、清潔さが保たれ、埃ひとつ見当たらない。
受付はデジタル保険証で即座に通過し、
大きな輪を潜ると、
「該当症状が検出されました」
という表示が浮かび上がった。
モニターには私の名前が映り、七番病棟へ向かうよう指示される。
病院の中庭もまた、息を呑むほど綺麗だった。
色とりどりの花が咲き誇り、
今日で私と別れる苦痛が立ち去っていく、
まるで花道のように見えた。
七番病棟に入ると、改札のようなゲートで
手術内容の説明確認書が発券された。
一通り目を通し、何の躊躇もなくサインをして送信する。
本来なら、ここで何かを聞いておくべきなのだと思う。
手術の時間。失敗の確率。
戻れなくなった場合のこと。
だが、どの疑問も浮かばなかった。
浮かばないことに気づいてから、ほんの一瞬、間があった。
それでも、心は凪いでいた。
考えなくていいのなら、それでいい。
そう思えた。
不安も、恐怖もなかった。
ドクターはすべて機械で、精密に、正確に、オーダー通りの手術を行ってくれる。
信頼があるからこそ、不安も恐怖もない。
私はもう、判断主体ではない。
それなら、安心して受け入れることだけが、
今の私に必要なことだった。
指示された病室に荷物を置き、手術前の診断を受ける。
それも、機械の前に立つだけで終わった。
希望している脳以外にも異常がないかを淡々とチェックされる。
健康体そのものだった。
ただ、脳だけが、赤く腫れているかのように点滅していた。
───「H.H.13番さん。一時間後に手術です」
ログとして呼ばれ、ようやく、望んでいた手術が現実になる。
ここまで、長かった。
ようやく、ようやくだ。
この苦しみから解放されると思うと、胸の奥が軽く弾んだ。
それでも、記号化された私は、もう少し人間扱いされてもいいのにな、と
ほんの少しだけ、寂しく思った。
脳を少し洗うだけだ。
改造人間になるわけではない。
けれど、これでいいのだ。
望んだ形になるのなら、どんな扱いだって構わない。
美容院に来た気分だった。
オーダー通りの髪型になるかどうか、その程度の感覚。
「H.H.13番さん、八番室にお越しください」
いよいよだ。
これで、私の負の部分が消え去る。
───楽に、なれる。
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