街灯の星

レゲエのリズムが、ビートが、ヘッドホンを飛び越して耳に入ってくる。

最初の二十、三十分は耐えられたが、次第に、仕事の方に集中できなくなりヘッドホンで自分のプレイリストを再生した。


だが、それも無意味に終わった。

この調子で一ヶ月やらなくちゃいけないのか、と思うと正気ではいられない。


音を下げてもらおう、素直に言わないと、この運ちゃんはこのまま宇宙まで爆音迷惑ドライバーであり続ける。


「あの、運転手さん、仕事をしたいのでボリュームを下げてもらえますか?」

角が立たないように、極力こちらが下に出る。社会で学んできたことだ。

「はい?仕事ー?いいっすよしててなんら問題ないです」


音が大きくて仕事の単語だけ拾われてしまった。

私は、バックミラーで自分の顔が歪んでいるのを見た。


「音が小さくならないようだったら、飛鳥交通に連絡とって次の星でドライバー替えてもらいますんで」


と、大きく声を張った。

タクシーに乗るのなんて久しぶりだし、そもそも宇宙まで行くのも初めてだ。

それがこんなに不快なまま進んで行くのは仕事だけではなく、旅としてもお粗末なものになってしまう。


ボリュームを下げて、ドライバーは言う。

「さっき飛鳥交通って言ったと思うんすけど、個人タクシーだし、LCCだし、もうドライバー全員出突っ張りなんで仮に次の星でお待ちいただくとしても、向こう一ヶ月はタクシー来ないですよ」


そう言いながら車は加速し、インターチェンジで、宇宙へのラインに入った。


「まあそうつれないこと仰らないでくださいよ、今時、身体なーんにもいじってない29歳なんて珍しいんですから、楽しくお話しながら木星まで行きましょうよ」


驚いた、本当に珍しい、その若さで体のどこも弄っていないのか。

若いと考えていたが、本当の若さだったのだ、素直に驚きだが、29歳にしてもこの大音量でやられ続けるのも困る。


「せめてプランにあった、次の星…、までボリュームを下げていただけませんか?それまでに仕事を終わらせるので」


運転手は渋々とさっきよりボリュームを下げた。

それでも、耳鳴りがするほどデカい音には変わりないのだが。


───現場にいない施工管理職、というのも時代の変化だ。今じゃ人ではなく、ロボットが作業を行う。

プログラミングと、ロボットの操作の資格を取るのは容易ではなかった。

現場で働いていた作業員たちも、怪我や事故がないように、ロボットスーツを着ている。

今日のノルマが達成するまであと30分といったところか。


───ようやくスケジュール通りの作業まで追いつくことができた。

PC代わりの空中画面のデバイスを閉じ、タイムカードを切った。

働き方改革が完全に残業を許さなくなった時代だ、スケジュールがパツパツになることは予測できたろうに。


デバイスを閉じると同時に、運転手の四木はすぐに

「お仕事終わりましたー?じゃあちょっとこちらのペースに戻させていただきますねー」

と言いボリュームを上げた。


もう車は空を飛んでおり、気圧が上がって耳鳴りがした。

そこにレゲエが入ってくるのでたまったもんじゃなかった。


「お客さーん、次の星で一旦休憩しましょう、俺も今月ずっと出突っ張りだったんでね。安全運転のためにご協力頂きありがとうございまーす」


有無を言わさず、休憩をとることがきまった。

ちょうどいい、タバコを吸いたいなと思っていたところだったし、車に揺られながらデバイスをいじっていたので少し酔った。


時間は、日本時間で言うところの19時頃だろう。

次の星は、蝋燭だけで煌々と照らされている星、らしい。


「お客さーん、お客さん、木星ではどこをいじるんですか」

失礼な言い方だ、いじるんじゃない、改善させるんだ。


苛立った私は強く放った。

「頭だよ、脳を洗って、一部取り替えて、心ごと新しい人間になるんだ」

四木はケタケタと笑い、続けた。


「新しい人間になるって、それはそれで楽になるんですか?」


また、ミラーに私の苦い顔が見えた。


「やってみなきゃ、わからないだろ」

「ずいぶんチャレンジャー気質なんですね、好きですよそういうの」

四木はムスッとした表情になり、アクセルをベタ踏みし、スピードを上げた。


私は背中を座席に押しつけられ、息が詰まった。


「大気圏突入しまーす、人間のうちに味わっておける最後の重力かもしれないんで、ちゃんと感じておいてくださいねー」


あまりに強烈な重力だったので───ここで意識が途切れた。


───「お客さーん、起きてください、星に着きましたよ」


ほぼ気絶していた私は、頬を叩かれて目が覚めた。

気づけば、もう宇宙にいた。


「ここが、街灯の星のサービスエリアっす」


街灯…というにはあまりに暗かった。

本当に蝋燭だけで照らしている様子だった。


意識を失い、タクシーから降りると、ちゃんと重力を感じて、膝に力が入らなかった。


催していたので、トイレへと向かい、用を済まし、喫煙所へと向かった。

そこには四木がいた。

今時珍しい、紙タバコを吸っていた。

健康促進なんたらで紙タバコは大きく規制され、吸えるものも一箱2000円するようになった。


「紙なんて珍しいですね」

「嗜好品はやっぱ、原初のモノがいいっすよ」

と、煙を吐き出す。

「車の中じゃ吸えないんで、上唇にタバコのシール貼って、ニコチンは味わってますよ」

ほら、と言って上唇をめくってきたので目を逸らした。


私はデバイスにスティックを刺し、すぐに吸った。


すると、ぼーんと音がした。

ゾロゾロと事務所のようなところから人々が出てきて、街灯に梯子を立てかけ、登り、何かをしている様子だった。


「あれは何をしているんですか」

「犯罪者さんたちの刑務作業っすね、地球で捕まった人たちが、文字通り『心を入れ替えて』働いて、この街灯の星に灯りを灯し続けてるんですよ」


遠目でもわかるくらい、人とは思えないような流暢さで、作業を黙々と終わらせていく。


ランプに灯った火が、消えていないかチェックして、ランプの蓋を閉じる。

蝋燭が短くなっていれば、取り替えているようだった。


「先戻ってますねー、ごゆっくりー」


四木のすらっとした長身の影が、蝋燭にてらてらと照らされ、揺れていた。


喫煙所近くにも街灯があったため、刑務者が来た。

思わず声をかけてしまった。


「お勤めご苦労様です、調子はどうですか」

と問う。


ギロリとこちらへ眼球を回したかと思えば、すぐに笑顔になり、会話を続けた。


「ありがとうございます、こんな私に、再起のチャンスをいただけて、本当に嬉しいです。心が入れ替わって、毎日が正しいです。心が入れ替わることって、こんなに清々しい気持ちになるんだな、とまいにち思っています」


そういうとまた表情が一変し、梯子を登って行った。


タバコのデバイスが沈黙したので、私もタクシーへと戻った。


「どうです?蝋燭だけで照らされてて、結構神秘的だったでしょう」

「うん…」

「帰り道もここ寄りましょうか」


そういうと四木は車を出した。

私は返事をせず、窓辺に頬をつき、蝋燭をチェックする刑務者を見ていた。


レゲエのリズムが、気味悪さを演出していた。

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