長寿の星
金さえあれば自由に生きることができる。
だが、死ぬことは免れない。
臓器移植や機械の身体に切り替えたとしても、必ず人間には終わりが来る。
臓器移植、もしくは機械の身体に切り替えることによって、延命することは可能だ。
だが、必ず人間には終わりが来る。
私も、終わらせようと思い、遺書を残し飛び降りをしたが、全身の複雑骨折の重体で止まってしまい、翌日にはピンピンの身体で、退院が決まり、がっかりした。
あれ程痛い経験をしても死ねないのなら、生きよう、そう思えたので今日、木星行きを敢行したわけだ。
私の精神疾患を、脳を、洗浄して、薬に侵された脳の一部を取り替えて、新しく心を作る。
────そんな強い思いを抱き、重力から解放された車内では、6時間が経過したにも関わらず、大爆音のレゲエミュージックが流れている。
やめてくれ、と何度言っても少しボリュームを下げては上げてを繰り返され、うんざりしている。
その上でこの運転手は何度も私に問いかける。
「お客さんの目的地って、脳と心の病院ですよね?」
「どこが悪いんですか?」
「治したら…その手術前の自分って、いなくなるんですか?」
「消す記憶って選べるんですよね。もし間違えたら、どうなるんですか?復元可能?それとも治されても困らない記憶はどうなるんですか?」
「好きなものとか変わるんすかねー」
全て、無視した。
長時間の旅で私もイライラしている。
そろそろ宿に着いてほしいところだ。
「お客さーん、次の星で一泊ですよー、宿までお送りしたら、また明日迎えに来ますんで、機嫌なおしてくださいねー」
「あと何分くらいで着くんですか」
「星間飛行ですからね、楽ですよ、あと15分といったところです」
あと15分したらこのレゲエ地獄から解放される。
長かった、疲れた。
地球からどれくらい離れただろうか、一つ星を経由しただけだが、とてつもない距離を走っているのだろう。
と、ガラクタや石ころが宙を舞う姿を見ながら地球へ思いを馳せていた。
宙に浮くモニターをいじり、地球のフットボールのニュースを見る。
私が応援するイングランド、アルゼガムは今日負けたらしい。
技術の発達は、スポーツの世界にも及んだ。
23歳以下は身体を弄ることが禁止され、それ以降は三種に分かれた。
私は弄った部門を応援している。
選手生命は遥かに伸び、地球のリーグだけでは足りなくなり、人が住む各星にリーグが開設された。
地球で優れた選手、クリスティアン・ホナルドは45歳まで生身でプレーし、そこから機械の身体に変更して、120歳を超えてもピッチに立ち続けている。
彼は今どこのリーグにいるのか、私は知らない。
そうして今何歳なのか、それを追うことすら諦めた。
対をなす存在、伝説レオ・メッスは身体を弄ったが、「フットボールに疲れた」と一言残し、引退して余生を過ごして、老衰で亡くなった。
彼の死を、フットボール好きは悲しみに暮れ、ライバル、クリスティアンの追悼スピーチは全世界に涙をもたらした。
彼は今どこにいるんだろうな、と考えたが調べる気はおきなかった。
───ようやく、レゲエから解放され、ホテルに荷物を置き、夕食を済ませるべく夜の街に出た。
ここは長寿の星だ、と四木は言った。
見た目の若い人ばかりがいるが、中身は恐らく私より年上ばかりだろう。
旅に出た時、どんな店がいいか、それは裏路地のようなところにある、常連しか通わないような店が一番いい。
───ようやく小さな店を見つけたので、そこに入った。
日本食も扱ったようなところだったから、日本人である私は入りやすかった。
小さな店内は、カウンターが5席、テーブルが2つ、マックスで十人入るような店だった。
もう既に七人入っており、断られるかと思ったが入れてもらえた。
店内は完全機械の身体の人と、恐らく身体を弄っているご老人がいた。
「何にする?」とカウンター越しに若そうな女性が問いかけてきた。
「生ビールを一つ…あと梅水晶を」
「あいよ」
無愛想に返事をされると、すぐにテーブルの中央からビールと梅水晶が迫り上がってきた。
カウンターの方が乾杯、とこちらにジョッキを向けてきたので乾杯をした。
「どこから来たんだい」
「地球の、東京ってところからです」
「TOKYOか、四回目のオリンピックの時行ったことあるよ、今はどんな感じなんだい」
「いやあ、多分ご想像されている通りですよ」
「ゴチャゴチャしているんだろうな、あの時ですらそうだった」
と、大きな声で笑った。
愛想笑いになってしまったが、それもこういう酒場の醍醐味の一つだろう。
「何歳なんだい、君は」
と、もう一人、機械の身体の人が問いかけてきた。
「31です」
「若いな!俺なんか134だぞ、こんな星に来てどうするんだ」
「いや、精神疾患がありまして。木星で脳の洗浄と切除をしようと思ってるんです。今日ここに一泊してまた明日ここを発ちます」
機械の身体の人は作られた表情で───慈しみを感じるかのような表情だった。
「若いの、こんな身体の俺が言うのもなんだが、心だけは機械の身体にしたって残るんだ。頭の洗浄はその後が辛いんだ。結局壊れた心は現代の医療でも治せない。洗浄したって、一時的なものだ。あんまりオススメしないな」
その、一時的なものが欲しいのだ。
私の決意は変わらない。
何も言わない私に、ご老人はもう一度ジョッキを傾けて、ビールを二つオーダーし、私に一杯奢ってくれた。
乾杯を済まし、オススメの料理を食べた後、支払いを済ませホテルへ戻った。
シャワーを浴び、室内着に着替えた後、ベッドに身体を預け、天井を仰いだ。
「壊れた心は現代の医療でも治せない」
耳にこびりついた、あのご老人の声は、まだ脳内で反響している。
微睡んだ頭で、ボーッと考えてみるが、私はこの心の苦しみから解放されたい。
死ぬわけではないのだ、いいではないか。
───しかし、あの街頭の星にいた囚人たちの、統率された姿を思い出す。
どうでもいいか、とにかくレゲエで疲れたこの身体を休ませよう。
瞼を閉じた。
朝食の十分前に目覚ましが鳴るようにオーダーしておいた、大丈夫だろう。
翌朝、モーニングを済ませたあと、四木を待った。
約束した10時になっても来ず、職務放棄か、と思い会社に電話しようとしたところに爆音と共にようやく来た。
「すいませーん、道が混んでて」
この快適な世の中で、渋滞なんてありえないのに。
荷物を預け、またレゲエの中へ入り、背もたれに身体を押し付けた。
「どうでした?長寿の星は」
「なんともなかったですよ、元気なご老人がたくさんいました」
「そうですか、そういうのって元気をもらえますよねー」
エンジンを蒸し、また旅路についた。
モニターを動かし、フットボールのニュースを見た。
クリスティアンがゲーム終盤、ヘディングで逆転ゴールを決め、象徴的なゴールパフォーマンスをした後、そのまま立った状態で亡くなったらしい。
それがちょうどキャリア通算2000ゴール目だったそうだ。
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