Hey Taxi
@hsgww
プロローグ
プロローグ
人は、金さえあれば自分の思う通りになる。
そんな時代が来た。
減っていく車椅子、医療器具としての眼鏡は直接網膜に移植され、ガンになった臓器を機械と取り替え、補完する。
知的・発達障がい、と言った生まれつきでさえ、金があればどうとでもなる。
らしい。
身体能力の向上や、壊れた人の心を治し、何事もなかったかのように社会復帰することができる。
そんなコミックスのような世界がやってきた。
ただ、それは金があれば、の話だ。
その類の広告も、見飽きたし、何より自分の触れてほしくないところに触れられているようで嫌だった。
私にとっては遠い世界の話で、羨ましいなあ、と指を咥えて見ていることしかできなかった。
偶然、事故で両親が亡くなり、残った遺産ができた。
大金が私の懐に潜り込んできた。
相続税などの手続きを終え、その余った金で、私はトラウマの消去、自身が抱える精神的病を治すために使おう、と決心した。
それには、脳の洗浄と、記憶の書き換えることで、これまでの自分の過去を部分的に消すことができる。
その治療をする病院は木星にある。
木星まで人間は到達し、各国がこぞって開拓を進め、医療の星になった。
車が最も移動の手段として最適解となったこの現代では、銀河鉄道やロケット、それよりも安い価格の個人タクシーで向かった方がより安く他の星にまで辿り着くことができる。
そう、車も電車も空を、宇宙を、飛ぶのだ。
銀河鉄道とロケットは、維持費が高額であるが、サービスが手厚く、富裕層向けの公共交通機関となった。
かく言う車は全く排気ガスとは無縁の世界になり、地球温暖化も多少なり改善された、と環境保護団体が声明をあげた。
天涯孤独となってしまった私は、ロケットで…と考えたが、格安交通のタクシーで木星まで向かうことにした。
水金地火木土天海という言葉はもう過去になり、宇宙のほとんどを、人間が網羅するようになった。
タクシーは一人で使うには若干割高だが、車を持たない私にとってはこれが最適解なのだ。
その分、サービスエリアや、少し小さな星に立ち寄り、休む時間もかかるのだが。
一ヶ月もあれば木星に着く、すごい時代になったな、と150歳を超えた曽祖父が背筋をしゃんとさせ言い放った。
彼は毎日のようにソープランドへと足を運び、先日亡くなった。
それが少し、惨めで、でも少し羨ましく思っていた。
私の病はカウンセリングで少し改善されるが、それも数日で元通りになってしまう。
この病気に10年取り憑かれた。
偶然舞い込んできた金で、嫌な記憶も、この心の病をも、治そう。
と、決意し、『Hey Taxi』というアプリでタクシーを予約し、木星までの支度を進めてきた。
心配なのが、副作用だ。
金さえあればなんでもできる、と言ったが、何かしらの副作用が必ずと言っていいほど治療を受けた患者にはある。
私も、何か一つを失うのだろうか、そんな不安を抱えながら、テレワークしながら木星までの旅を続けなければならない。
仕事は休めない。そして、辞められない。
ブルーカラーの仕事も、テレワークができるようになったのだ。簡単だが、その分稼ぎが少ない上に、縮小した事業であり、もう私が抜けたら倒産するしかないというほどの経済状況である。
脳と心を治しに、木星まで行くのだ。
その心が、副作用でどうなるのか。
心と言っても、心臓ではない。
いわゆる、あると言われている心だ。
───予約した時間から30分が経過して、ようやく到着した。
「遅れてすみません、今トランク開けますね」と、ジープから出てきた青年───見た目もいじれる時代なので、青年なのかわからないが彼は何事もなかったかのようにトランクを開け、私の荷物を詰め込み、後部座席へと通した。
「ご予約ありがとうございまーす、飛鳥交通の四木(しぼく)です、シートベルトの着用を…あ、もう締めてますね。失礼しました。また、サービス向上のため、えーと、車載カメラを道中起動させておりますので念のためご承知くださーい、音楽は失礼しますねー、流れてしまうので、ボリューム上げて欲しかったらご遠慮なくどうぞー」
そう言い終えると、昔流行ったレゲエやカントリーミュージックが流れてきた。
サービスとして、どうなんだ、と思うが今更ドライバーの変更を頼むのも心苦しい。
そんな思いで、私の木星への旅路は始まった。
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