ロストアンブレラ

@rinka-rinka

ロストアンブレラ







毎日じゃなくてよかった。

本当に、時々でいいから君に私を使ってほしかった。

君のそばで、もう少し役に立ちたかった。



君と出会ったのは本当に偶然。

私のまわりにいた同胞たちは、みんな自身の役割を果たすために、ご主人様のもとへ行ってしまった。

ひとりポツンと残された私は、こちらに見向きもしてくれない数多の人々をただ眺める日々が続いていた。

「店長!新商品なんですけど、このあたりに並べていいですか?」

「おお!頼むよ。あー、一つだけ残ってるコイツ邪魔だろう?端っこによけておくから。どうせ、売れないし」

ここの店員さんたちは、私のことを邪魔そうな目で見てくる。

その視線と私だけが残っているというこの状況に涙がこぼれそうだった。

だめだぞ、私。

水滴を防ぐ側の私が、自ら雫をたらしてどうする。

そんな時、虚ろな目をした君が私を視界にとらえた。

色々な人を私は見てきた。

だから、仕事で疲れたのだろうか、死んだ目のような会社員だって見慣れている。

今私を見ている君の目も、それに近しいものがあった。

しかし、私はその瞳の奥に強烈な諦めと絶望の感情を読み取った。

「あなたも、独りなのかい?」

君は私に声をかけた。

あなたも、ということはこの人は独りぼっちなのだろうか。

「本当は買うつもりなんてなかったんだけどなぁ。そんな端っこで寂しそうにしているあなたを放ってはおけないや」

そう言うと、君は私を手に取り、レジへ向かっていった。

ずっと店内の隅っこから眺めることしかできなかった、外の世界。

私が初めて見たその記念すべき世界は、雨雲が空一面を支配し、冷徹の雨が降っていた。

「濡れて帰るつもりだったんだけどね。濡れた僕を見て心配する人も、そのあと風邪をひいて困るひともいないんだから」

そういって笑顔を無理やり張り付けたような表情を見せる君。

「でも、せっかく買ったからね。とりあえず今日はちゃんと使おうかな」


やっと自身の役目を果たせる。

私は君に雨粒が当たらないように身体を目いっぱい広げた。

でも気づいてしまったんだ。

私が守れるのは、君の身体だけ。

その暗く深く沈み、歪んで崩壊しかけている君の心は、守れるはずもなかった。

私ができることは、ただ君の身体が雨粒に当たらないようにすることだけ。


君を守りはじめてからある程度時間が経った。

忌々しい太陽が顔をのぞかせ、空に七色の芸術を描く。

この世界を明るく照らす存在によって、私の出番は終わりを告げた。

まだ君を守っていたかったのにな。


君が私を買ってくれたあの日。

それ以降、君は私を使ってはくれなかった。

たまたま、雨の日に外に出なかっただけ?

たまたま、私を忘れて家をでただけ?

君の気持はわからない。

それでも、また私を使って欲しかった。

力不足だと知っていても、私に君を守らせてほしかった。


ある日の朝。

今日も朝から雨が降る。

気温も相当低く、空が悲しみに暮れて泣きじゃくっているのかと思うほどだ。

こんな日に君が、私を手に取り玄関を開けた。

私は久しぶりに私を使ってくれることに対する喜びと、こんな雨の日に出かけるのかという疑問がうかんだ。

家を出て歩き出す。

雨が君を襲う。

何故か君は私を片手に抱えたまま、私を使ってはくれなかった。

君のすぐそばにいるのに私の役目を果たすことができない。

もどかしい。

早く私を使って欲しい。


しばらくすると、ある場所で君は立ち止まった。

近所の河原にやってきたらしい。

「せっかくあなたを買ったのに。全然使ってあげられなかった。独りぼっちにみえたあなたに同情してあなたを買ったつもりなのに。結局独りにしてしまったんだね」

確かに寂しくなかったといえば噓になる。

でも、今日こうして連れて行ってくれてうれしかった。

これからまた、何回も使ってくれたらいいと思ってた。


徐に君は歩き出す。

そっちは川だ。

雨が降っていて川の流れがはやい。

近づいては危ない。

それなのに。

君の歩みは止まらない。


君が私を見て微笑んだ。

初めて見た、君の笑みだった。

嬉しいはずなのに、いやな予感がよぎってしまう。


「あなたを二回しか使ってあげられなかったね。そして、せっかくあなたを買ったのに、僕は置いていってしまう。でも、どうか許してほしい」


そっと私を地面に置いた。

君との距離が遠ざかる。

やめて。

行かないで。

私はまだ君を守りたい。

ねえ。

お願い!


雨の音が五月蠅い。

君の声が聞こえないじゃないか。

あれ。

あ、そっか、そうだった。

君はもう、いないんだね。


君を守らせてほしい、なんて言ったけど。

結局、雨に濡れないように守るだけの役割しかない私が、彼の心を守るなんてできるはずもなかった。

そりゃそうだよね。

雨があがって、太陽が顔をのぞかせ、虹が出たら、それを忌々しいとか思うんだよ?

でも、今考えたら太陽とかちょっとうらやましいなって思う。

私にも君の心を「照らす」ことができればよかったな。

守ることも大事だけど、寄り添って君にとっての光になりたかった。

でも、そんな願い。

傘の私にとっては無理だ。


結局、守らせてほしいなんてただのエゴだ。

きっと君は、私のことなんて雨をしのぐための道具みたいな認識でしょう。

でも、それでよかった。

傘なんだからそれで十分のはずだった。

それでも、君の心を守りたかったんだ。


傘は雨をしのぐためのもの。

なのに、私が濡らしてどうするの。

はやく雨、止まないかなぁ。

雲一つなくなった快晴の空を見上げて、そう思った。



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