第6話

 チュンチュン、と小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。


「ん……よく寝たな」


 テントの布越しに、柔らかい朝日が差し込んでいる。

 昨晩は冷え込んだが、妙に寝心地が良かった。なんていうか、高級な湯たんぽを抱いているような、程よい重みと温かさがあって……。


「……んむ、ぅ……カイ、さま……」


 胸元から、甘い声が聞こえた。

 俺がおそるおそる視線を下ろすと、そこには天使がいた。


 銀色の髪をサラサラと散らしたアリシアが、俺の服をギュッと握りしめ、胸板に顔を埋めてすやすやと寝息を立てていたのだ。

 俺の腕は、無意識のうちに彼女の華奢な背中に回されている。


 ……完全に、カップルの朝だった。


「(まあ、狭かったしな。暖かくて助かったわ)」


 俺がそんな鈍感な感想を抱いていると、アリシアの長い睫毛が震え、パチリと瞳が開いた。


「……ん、あれ? ここは……」

「お、おはようアリシア」

「おはようございます、カイ様……って、え?」


 彼女は自分の状況――俺にコアラのように抱きついている体勢――を認識し、数秒フリーズした。

 そして。


 ボンッ! と音がしそうな勢いで、顔を真っ赤に染め上げた。


「ひゃあああああああああっ!?」

「うおっ、鼓膜破れる!」

「は、ははは、破廉恥です! 私としたことが、殿方に抱きついて寝るなど……! しかも、あんなに安心して、熟睡してしまって……!」


 彼女はバッと身を離し、テントの隅っこで体育座りをして顔を覆った。


「(温かかった……すごく、安心する匂いでした……)」


 指の隙間から、そんな独り言が漏れている。

 まあ、嫌がられてはいないようで何よりだ。


 そんな俺たちの甘酸っぱい(?)朝の様子は、もちろん高画質・高音質で世界中に配信されていた。


**『おはよう、新婚さん』**

**『結婚おめでとう!!!!』**

**『昨晩の寝相、最高でした(合掌)』**

**『最初は背中合わせだったのに、寒くてジリジリ近寄っていくアリシア様が可愛すぎて死んだ』**

**『カイが寝ぼけて頭撫でた瞬間、スクショ一億回した』**

**『これは実質、結婚会見ということでよろしいか?』**

**『祝儀(スパチャ)投げさせろ運営!!』**


 世界中が「尊い」という感情で一つになっていたが、森の中にいる俺たちは知る由もない。


 ◇


「め、名誉挽回です!」


 テントから出たアリシアは、パンパンと自分の頬を叩いて気合を入れた。


「昨日は薪割り(地形破壊)でご迷惑をおかけしました。今日こそは、完璧な『お世話係』としての務めを果たしてみせます!」

「お、おう。期待してるよ」

「朝食の準備はお任せください! 近くで新鮮な野菜を摘んで参ります!」


 シュバッ! と音速で森へ消えていくアリシア。

 数分後、彼女は満面の笑みで戻ってきた。


「カイ様! 素晴らしい野草を見つけました!」


 彼女が差し出したカゴには、朝露に濡れた美しい『葉っぱ』が山盛りになっていた。

 エメラルドのような透明感を持ち、ほのかに金色の粒子をまとって発光している。


「ほう、綺麗な葉っぱだな。ハーブか?」

「はい! 鑑定魔法で見ても『毒なし』でしたし、とってもいい香りがしたので!」

「どれどれ……くんくん。うん、ミントとバジルを足して、なんか神聖にしたようないい香りだ」


 俺たちは早速、その葉っぱを水で洗い、持参していたドレッシングをかけてサラダにした。

 彩りにプチトマトを添えれば、立派なモーニングサラダの完成だ。


 だが、その光景を見たコメント欄は、朝一番の阿鼻叫喚に包まれていた。


**『おい待て』**

**『その葉っぱの形……まさか』**

**『【世界樹の若葉】じゃねーか!!!!!』**

**『はぁ!? あの「死者すら蘇生させる」と言われる幻の霊薬!?』**

**『一枚で小国の国家予算が吹き飛ぶレベルだぞ!?』**

**『それを……サラダボウル一杯!?』**

**『国家予算をドレッシングで食うなwww』**

**『価値観がバグり散らかしてる』**


 そんな外野のツッコミなどつゆ知らず、俺たちは手を合わせた。


「「いただきます」」


 シャキッ、パリッ。

 瑞々しい咀嚼音が森に響く。


「ん! 美味い!」

「はい! シャキシャキしていて、苦味もなく、口の中に清涼感が広がります!」


 美味い。ただの野草にしてはレベルが高すぎる。

 食べた瞬間、胃の腑からポカポカと温かい力が広がり、昨日までの探索の疲れ……というか、長年のブラック企業勤めで蓄積していた肩こりや腰痛が、嘘のように消え失せた。


「なんか、すごく目が冴えるな」

「はい! お肌もツヤツヤになった気がします!」


 アリシアの白磁の肌が、内側から発光するように輝きを増している。

 ただでさえ美人なのに、これ以上綺麗になってどうするんだ。


**『そりゃ不老不死の霊草食えばな』**

**『エリクサーをサラダ感覚で摂取するカップル』**

**『もうお前ら神になれ』**

**『朝から健康になったわ(俺の精神が)』**


「カイ様、おかわりもありますよ!」

「お、いいな。ドレッシング変えてみるか」


 こうして俺たちの同棲生活二日目は、国宝級の朝食から爽やかに幕を開けたのだった。

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