第5話

「お願いします! なんでもしますから!」


 土下座。

 しかも、とびきり美しいフォームの土下座だった。


 銀髪の美少女・アリシアは、地面に額を擦り付けんばかりの勢いで俺に懇願していた。


「いや、責任取れって言われてもなぁ……」

「貴方様の貴重な糧(ドラゴン肉)を食らい尽くしてしまったのです。このままタダで帰るなど、私の誇りが許しません!」


 彼女は真剣そのものだ。

 まあ、確かにあの高級そうな肉をバクバク食べていたし、恩返しがしたいという気持ちは分からなくもない。

 それに、この【奈落の森】は危険だ。こんなボロボロの装備の新人さんを、一人で放り出すのは寝覚めが悪い。


「……分かったよ。じゃあ、街に帰るまで『キャンプ仲間』ってことでどうだ?」

「キャンプ……仲間……?」

「ああ。俺のソロキャンに付き合ってくれ。一人より二人の方が飯も美味いしな」


 俺が手を差し伸べると、アリシアは感極まったように震え、その手を取った。


「(神の……側近……!)」

「ん?」

「いえ! 謹んでお受けいたします! このアリシア、身命を賭して貴方様のキャンプをお支えします!」


 なんかやたらと気合が入っているな。

 まあ、やる気があるのはいいことだ。


 ◇


「では早速、薪集めをして参ります!」

「お、おう。頼むわ」


 アリシアは意気揚々と森へ向かった。

 俺はテントの張り綱を調整しながら、その背中を見送る。


 数分後。


「手頃な巨木を見つけました!」


 森の奥から、アリシアの凛とした声が響いた。

 次の瞬間。


「――《真空断裂(ヴォイド・スラッシュ)》ッ!!」


 ズドォォォォォォォンッ!!


 大気が悲鳴を上げ、衝撃波がキャンプサイトまで吹き荒れた。

 俺が慌てて顔を上げると、そこには直径二メートルはある巨木が、『粉末』になって舞い散っていた。


「……は?」


 アリシアが戻ってくる。彼女の手には、粉々になった木屑が少しだけ握られていた。


「も、申し訳ありません! 張り切りすぎて出力調整をミスしました……! ただの薪割りのつもりが、森の一区画を更地にしてしまいました……!」

「やりすぎだわ!!」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 薪割りで戦略級魔法を撃つ奴があるか。


**『ワロタwww』**

**『薪割り(物理)』**

**『S級探索者の力加減www』**

**『アリシアちゃん、ポンコツかわいい』**

**『やっぱこの子、「氷の令嬢(笑)」だわ』**

**『森「解せぬ」』**


「貸してみろ。薪割りってのはこうやるんだ」


 俺は手近な丸太を拾うと、それを縦に置き、スッと右手を振り上げた。


 フッ。

 パァーン!!


 乾いた音が響き、丸太は定規で引いたように真っ二つに割れた。


「えっ……?」


 アリシアが目を丸くする。


「あ、今のうちに細かくしとくか」


 パパパンッ!

 俺は手刀の連打で、瞬く間に丸太を使いやすい薪のサイズへと加工した。

 斧? そんな重いもの、キャンプに持ってくるわけないだろ。爺ちゃん直伝の空手があれば十分だ。


「ど、どうですか……?」

「…………」


 アリシアは絶句していた。


(魔力……ゼロ!? 魔法による切断ではなく、純粋な身体能力だけで硬質な『鉄木』をバターのように……!?)


 彼女の瞳に、畏怖と崇拝の色が混ざる。


(やはり、この御方は武の極致に至っている……。魔法に頼る私など、児戯に等しいということですね……!)


「勉強になります!!」

「え、おう。まあ、慣れだよ慣れ」


 なんかまた尊敬された気がする。


 ◇


 一方その頃。

 王都の中心に位置する大手ギルド『銀の牙』の本部。


 そのギルド長室は、お通夜のような……いや、地獄のような空気に包まれていた。


「おい、どうなってるんだ!! なんで苦情の電話が鳴り止まねえんだよ!」


 ギルド長が怒鳴り散らす。

 彼のデスクにある電話は、数時間前からひっきりなしに鳴り続けていた。

 スポンサーからの契約解除、株主からの突き上げ、そして他のギルドからの嘲笑。


「ギ、ギルド長! これを見てください!!」


 青ざめた顔の部下が、タブレット端末を持って駆け込んできた。


「今度はなんだ! 忙しいんだぞ俺は!」

「動画です! 今、世界で一番バズっている配信に……うちをクビにした『彼』が映っています!」

「あぁ? カイのことか? あんな無能、野垂れ死んで――」


 ギルド長が画面を覗き込んだ、その時。

 彼の動きが完全に止まった。


 画面の中で、カイは笑っていた。

 伝説のS級モンスター『獄炎の覇竜』を椅子代わりにして。

 そして、その横には――国宝級の戦力であるS級探索者、アリシアが「あーん」と肉を食べさせてもらっている姿が。


『この肉、最高に美味いな! あ、ちなみに俺を追い出したギルド? 名前忘れたけど、まあどうでもいいや』


 カイの何気ない一言と共に、コメント欄が加速する。


**『銀の牙、見る目なさすぎwww』**

**『こんな怪物を「荷物持ち」にしてたってマ?』**

**『ドラゴン使いを追放するとか、自殺志願者かよ』**

**『銀の牙、明日には潰れるな』**


「ひっ……」


 ギルド長の喉から、情けない音が漏れた。

 理解してしまった。

 自分が捨てたのは、ただのゴミではなく――ギルドを世界一に押し上げることさえ可能な、『本物の化け物』だったのだと。


「嘘だ……嘘だろ……?」


 ガタガタと震え、ギルド長はその場にへたり込んだ。

 股間から、じわりと生温かいシミが広がっていくのを、彼は止めることができなかった。


 ◇


 再び、奈落の森。

 すっかり日も落ち、辺りは漆黒の闇に包まれていた。


 焚き火の明かりだけが、ポツンと浮かび上がっている。


「さて、そろそろ寝るか」

「は、はい」


 俺が立ち上がると、アリシアがビクリと肩を震わせた。

 そこで俺は、重大な問題に気づいた。


 テントが、一つしかない。

 しかも、俺が持ってきたのは「ソロ用」のコンパクトなテントだ。


「あの……私は、外で見張りをしますので!」


 アリシアが気を利かせて(というより、顔を真っ赤にして)言った。


「馬鹿言うな。夜の森は冷えるし、魔物も出るぞ」

「ですが、男女が一つ屋根の下で……その、不義密通は……!」

「不義密通て」


 いつの時代の人間だ。

 俺は苦笑して、テントの入り口を開けた。


「俺は手を出さないし、背中合わせで寝ればいいだろ。ほら、入れよ」

「うぅ……」


 彼女はしばらくモジモジしていたが、やがて覚悟を決めたように「し、失礼します……」と小さな声で言い、テントの中に潜り込んできた。


 ジジッ。

 ファスナーを閉めると、世界から隔絶された狭い空間に、二人きり。


 暗闇の中、すぐ背中から、アリシアのトクトクという心音と、甘い香りが漂ってくる。


(ち、近い……!)


 健全な男子たる俺も、さすがにこれにはドキドキせざるを得ない。

 だが、俺はまだ知らない。

 

 この密着状態のまま朝を迎える様子が、ドローンの暗視モードによって、世界中に『最高画質』でお届けされることになるとは。

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