第3話

「ん〜〜〜っ! 美味い!!」


 口の中に広がる肉汁と、鼻を抜ける炭火の香ばしい香り。

 俺は思わず天を仰いだ。


 さすがは高級食材『霜降り角毛牛』のA5ランク。

 そして何より、S級モンスター『獄炎の覇竜』による超高温・遠赤外線直火焼きだ。

 表面はカリッと香ばしく、中はレアでとろけるような食感。これを至高と言わずして何と言う。


「やっぱキャンプ飯は最高だな!」


 俺がキンキンに冷えたビールを喉に流し込むと、目の前でお座りをしている覇竜が『ゴクリ』と喉を鳴らした。

 よだれが滝のように垂れている。


「……なんだよ。お前も食いたいのか?」

『クゥン!』

「しょうがないな。ほら」


 俺が切れ端を放り投げると、伝説の覇竜は尻尾を振ってそれに飛びついた。

 その光景は、ドローンを通じて世界中に高画質で配信され続けている。


 そして、コメント欄の流れは最高潮に達していた。


**『竜を餌付けすんなwww』**

**『この人、メンタルどうなってんの? 覇竜を野良犬扱いだぞ』**

**『【朗報】現代に仙人が降臨する』**

**『俺、この人の信者になるわ。見てて疲れが吹き飛んだ』**

**『キャンプの神様だ』**

**『スパチャ(投げ銭)機能、早く実装しろ運営!!』**


 視聴者数が三〇万人を突破した頃、コメント欄に異変が起きた。

 いわゆる『特定班』と呼ばれる、ネット探偵たちが動き出したのだ。


**『ちょっと待って。映り込んでるリュック、あれ見て』**

**『ん? ボロボロだけど……なんかワッペン付いてるな』**

**『解析した。あれ、大手ギルド【銀の牙】の紋章だぞ』**

**『銀の牙って、今日「無能な荷物持ちをクビにした」ってSNSでイキってた所じゃね?』**

**『時系列的にも一致するな。……え、もしかして』**

**『こいつが「無能な荷物持ち」!? 覇竜をワンパンして手なずける男が!?』**

**『【悲報】銀の牙、終わる』**

**『逃がした魚がドラゴン級だった件についてwww』**

**『銀の牙の株価、今見たらナイアガラ状態で草』**


 ネットの海では、俺を追放したギルドへの総攻撃が始まっていた。

 だが、森の中で肉を堪能している俺に、それを知る術はない。


 ――ピピピピピピピピッ!!!


 静寂を破る、無粋な電子音が鳴り響いた。

 俺のスマホだ。


「ん? こんな山奥なのに電波入るのか」


 俺は眉をひそめて、画面を確認する。

 表示されている名前を見た瞬間、俺の表情からスッと感情が消えた。


『着信:クソ上司(ギルド長)』


「…………」


 今頃になって何の用だ?

 退職届に不備でもあったか?

 いや、どうせ「人手が足りないから戻ってこい」とか、「俺の靴を舐めるなら許してやる」とか、そういうくだらない用件だろう。


 俺は一口ビールを飲み、スマホの画面に向かってニッコリと微笑んだ。


「お断りします」


 ピッ。(拒否ボタン)


 俺は迷わず着信を拒否した。

 せっかくの最高に美味い肉が、おじさんの怒鳴り声で不味くなってはたまらない。


 だが、すぐにまた着信音が鳴る。


 ――ピピピピピッ!


 今度の相手は違った。


『着信:由美』


 ギルド内で付き合っていた……いや、俺が一方的に尽くしていた元カノだ。

 彼女は俺よりランクの高い男に乗り換えて、昨日の夜「あんたみたいな万年荷物持ち、将来性ないから」と俺を振ったばかりだ。


 そんな彼女から、なぜ今さら?


 まあ、理由はなんでもいい。

 俺は今、ソロキャンプ中なのだ。

 誰にも、何にも、邪魔されるつもりはない。


「悪いけど、今は誰の声も聞きたくないんだよな」


 俺はとびきり爽やかな笑顔で、スマホの『電源オフ』ボタンを長押しした。


 スンッ……。


 画面が暗転し、世界からノイズが消える。

 残ったのは、パチパチと爆ぜる焚き火の音と、森の静寂だけ。


「ふぅ……これでやっと、一人になれた」


 俺は大きく伸びをした。

 かつてない解放感が、胸いっぱいに広がる。

 面倒な人間関係も、理不尽な命令も、ここにはない。あるのは俺と、美味い飯と、お座りしているドラゴンだけだ。


「さて、シメの焼きそばでも作るか――」


 そう言って、俺が鉄板に油を引こうとした時だった。


 ガサガサッ……!


 近くの茂みが、激しく揺れた。


「ん? なんだ、またモンスターか?」


 ボア、ドラゴンの次はなんだ?

 ベヒモスか? キマイラか?

 俺はフライパンを軽く握り直し、茂みを睨みつけた。


 だが、そこから転がり出てきたのは、毛むくじゃらの怪物ではなかった。


「……は、ぁ……はぁ……」


 銀色の髪。

 月光を反射して輝くような、白磁の肌。

 ボロボロの探索者スーツを身に纏っているが、その圧倒的な美貌は泥や血にまみれても損なわれていない。


 人間……それも、とびきりの美少女だ。


 彼女は虚ろな瞳で俺の方を見ると、フラフラと焚き火の方へ倒れ込んできた。


「おい、大丈夫か!?」


 俺が慌てて支えると、彼女は俺の焼いていたステーキ(の残り)をうっとりと見つめ、


「……いい、匂い……」


 ぽつりとそう呟いて、俺の胸の中で意識を失った。


「えぇ……」


 困惑する俺と、気絶した謎の美少女。

 そして、その様子をバッチリと世界中に流し続けるドローン。


**『ファッ!?』**

**『女!?』**

**『おい待て、今の銀髪……S級探索者の「氷の令嬢」じゃね!?』**

**『なんでこんな魔境に!?』**

**『うわあああああああ! 俺の推しがキャンプおじさんに抱きついたああああ!!』**

**『これは新たな神回の予感』**


 どうやら俺のソロキャンプは、まだまだ静かにはなりそうもなかった。

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