第24話 自然に笑える場所

一ノ瀬「今日さ、

軽く飲みに行かない?」


夕方、

一ノ瀬が

いつもの調子で言った。


一ノ瀬「久しぶりだし。

四人で」


四人、という言葉に

一瞬だけ

間が空く。


橘が

一ノ瀬を見る。


橘「いいな。

行こう」


即答だった。


美咲も

笑ってうなずく。


美咲「私も今日は大丈夫」


話は

それだけで決まった。


理由も、

特別感もいらない。


仕事帰りに、

そのまま行ける距離の店。


席に着くと、

自然に

向かい合う形になる。


橘と一ノ瀬。

私と美咲。


最初は、

仕事の話だった。


忙しいとか、

締切がどうとか、

いつもの話。


でも、

グラスが

少しずつ空く頃には、

空気が

柔らいでいた。


美咲「研修のとき、

覚えてる?」


美咲「あの資料、

全然終わらなくてさ」


一ノ瀬「終電ギリギリまで

残ってたよね」


一ノ瀬が

笑いながら続ける。


橘も

懐かしそうに

うなずく。


橘「誰が一番

最後までいたっけ」


美咲「橘」


美咲が

即答する。


美咲「黙って、

ずっとやってた」


橘「そうだった?」


そう言いながらも、

橘は

否定しない。


一ノ瀬が

グラスを傾けて言う。


一ノ瀬「どこ行っても

変わんないよな」


橘「何が」


一ノ瀬「前に出ないとこ」


橘は

少しだけ

困ったように笑う。


橘「それ、

褒めてんの?」


一ノ瀬「半分はな」


四人で

声を出して笑う。


気を遣わない、

自然な笑い。


その空気が、

心地よかった。


気づけば、

時間は

あっという間に過ぎていた。


美咲「もう

こんな時間?」


美咲が

時計を見る。


美咲「平日だし、

今日はこの辺で

解散しよっか」


名残惜しいけど、

無理はしない。


そういう

ちょうどいい距離。


店を出ると、

夜風が

少し冷たい。


駅までの道を、

四人で並んで歩く。


橘と一ノ瀬が

少し前。


私と美咲が

後ろ。


何を話していたか、

細かいことは

もう覚えていない。


でも、

楽しかったという

感覚だけが

残っている。


改札の前で、

立ち止まる。


一ノ瀬「じゃ、

またな」


橘「お疲れ」


短い挨拶。


橘が

こちらを見る。


目が合って、

小さく笑う。


それだけで、

胸の奥が

ふっと

ゆるんだ。


電車に乗って、

席に座る。


楽しかった。


それだけじゃない。


一緒にいるのが、

自然だった。


無理に

頑張らなくていい。


話す距離も、

笑う間も、

ちょうどいい。


その感覚が、

家に着くまで

消えなかった。

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