第19話 気づいてしまったこと

店の奥まで来て、

美咲は

足を止めた。


人の声が、

少し遠くなる場所。


美咲「……大丈夫?」


低い声。


周りに

聞こえないように。


私は、

すぐに

答えられなかった。


喉の奥が、

詰まったまま。


しばらくして、

小さく

うなずく。


美咲は、

それ以上

聞かなかった。


代わりに、

息を整えてから

言った。


美咲「気づいた時点で、

もうアウトだから」


その言葉に、

胸が

きゅっと

締めつけられる。


さっきまで、

自分が

大げさなのかもしれないと

思っていたから。


美咲「一瞬だったけど」


美咲「一瞬で、

十分だった」


私は、

視線を落とした。


彩乃「……ごめん」


そう言いかけた時、

美咲が

はっきり言った。


美咲「謝らないで」


少しだけ、

強い声。


美咲「悪いの、

彩乃じゃない」


その一言で、

目の奥が

熱くなる。


美咲は、

私の肩に

そっと手を置いた。


美咲「今日は、

もう無理しなくていい」


美咲「席、

戻らなくてもいい」


その言葉に、

救われる。


私は、

小さく

息を吐いた。


少し離れた場所から、

席の方が

見えた。


橘と一ノ瀬が、

まだ

そこにいる。


会話をしながら、

でも、

時々

こちらを見る。


追いかけては

来ない。


でも、

気づいている。


それが、

分かった。


川原は、

自分の席に

戻っていた。


何事も

なかったみたいに

グラスを持っている。


さっきの距離も、

言葉も、

なかったことに

されたみたいに。


その様子が、

一番

怖かった。


美咲が、

静かに言う。


美咲「……あれ、

分かってない顔だね」


私は、

何も言えなかった。


でも、

同じことを

思っていた。


これで、

終わりじゃない。


まだ、

始まったばかりだ。


美咲は、

私の隣に

立った。


それだけで、

足元が

少しだけ

安定する。


私は、

一人じゃない。


その事実を

胸に置いて、

しばらく

その場に

立っていた。

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