第18話 距離
忘年会の空気は、
まだ穏やかだった。
誰かが笑って、
誰かがグラスを掲げる。
私は、
橘の話を聞いていた。
出張先のこと。
移動が大変だったこと。
橘は、
相変わらず
明るい。
その声を聞いていると、
胸の奥が
少しだけ
落ち着く。
一ノ瀬も、
その隣で
静かに相槌を打っている。
美咲は、
私の反対側。
端の席で、
周りに気を配りながら
話している。
その距離感が、
ありがたかった。
でも。
背中に、
何かを感じた。
視線。
一瞬、
冷たいものが
触れた気がした。
気のせいだと、
思おうとする。
でも、
同じ感覚が
もう一度
走る。
私は、
グラスを持つ手に
少し力を入れた。
美咲が、
立ち上がる。
美咲「ごめん、
ちょっと飲み物取ってくるね」
何気ない声。
ほんの一瞬、
視線が外れる。
その瞬間だった。
椅子が
引かれる音。
近い。
近すぎる。
振り向く前に、
分かってしまう距離。
川原だった。
川原「ここ、
いい?」
返事をする前に、
座られる。
私と、
壁の間。
逃げ道が、
消えた。
喉が、
きゅっと
縮む。
川原は、
こちらを見ない。
あくまで
自然な顔で、
グラスを置く。
川原「混んできたね」
当たり前みたいな口調。
でも、
距離は
変わらない。
腕が、
触れそうで
触れない。
その距離が、
一番
怖かった。
私は、
少しだけ
体を引いた。
でも、
背中が
壁に当たる。
それ以上、
下がれない。
川原が、
ようやく
こちらを見る。
近い。
視線も、
息も。
川原「そんなに
緊張しなくていいよ」
低い声。
優しいふりをした声。
違う。
緊張じゃない。
でも、
説明する言葉が
見つからない。
川原「前からさ」
声が、
さらに
近づく。
川原「こうして
話すの、
嫌いじゃなかったでしょ」
私は、
首を
横に振ろうとした。
でも、
動かなかった。
呼吸が、
浅くなる。
視界の端で、
橘が
こちらを見ているのが
分かった。
笑顔が、
消えている。
一ノ瀬も、
会話を止めて
こちらを見ている。
二人とも、
気づいている。
でも、
まだ
踏み込めない。
その時。
美咲が、
戻ってきた。
状況を見て、
一瞬で
理解した顔。
美咲「彩乃」
はっきりした声。
私は、
その一言で
現実に戻った。
美咲「ちょっと、
一緒に来て」
迷いのない口調。
私は、
反射的に
立ち上がった。
川原の肩が、
一瞬だけ
触れる。
ぞっとする感触。
美咲が、
私の腕を取る。
強く、
でも
震えていない手。
距離が、
一気に
開いた。
川原は、
何も言わなかった。
ただ、
少しだけ
眉を寄せる。
分からない、
という顔。
私は、
美咲に
支えられるように
その場を離れた。
背中に、
視線が
残る。
これは、
偶然じゃない。
そう、
はっきり
分かってしまった夜だった。
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