第2話 隣の席

午後の研修は、少し眠気を誘う内容だった。


彩乃はペンを動かしながら、意識を保っていた。


集中している方が、余計なことを考えずに済む。


「すみません」


後ろの席から、控えめな声がした。


美咲「ここ、合ってますか?」


彩乃「……はい。そこです」


美咲「よかった。

途中から来たので、ちょっと不安で」


彩乃「私も、最初少し迷いました」


美咲「ですよね」


ふっと、力の抜けた笑顔を向けられる。


美咲「佐倉です。

美咲って呼んでください」


彩乃「……小川です。

彩乃、で」


名前を口にしただけで、

胸の奥が少し軽くなった。


休憩時間になる。


凛が、少しテンション高めで近づいてきた。


凛「ねえ、小川さん」


彩乃「……はい?」


凛「橘くん、やばくない?」


彩乃「……やばい、ですか」


凛「いい意味で!」


凛「さっきの質問、

タイミング完璧じゃなかった?」


彩乃「……場が止まらなかったですね」


凛「そうそう。

ああいうの、空気読めないとできないよ」


凛は、少し声を落として続ける。


凛「ていうかさ、

橘くん、スタイル良すぎじゃない?」


彩乃「……そう?」


凛「モデルさんみたいじゃない?

背高いし、

スーツの着こなしもきれいだし」


彩乃は、少しだけ視線を向ける。


人の多い中でも、

橘は自然と目に入った。


姿勢がよくて、

立っているだけなのに埋もれない。


彩乃「……言われてみれば」


凛「でしょ?

あれ、歩いてるだけで目立つタイプだよ」


凛は楽しそうに笑った。


午後の研修が始まる前、

橘は「前の方、空いてるみたいなので」と軽く言って、席を移動した。


研修が再開する。


前の方で、橘は静かに話を聞いている。


さっきまでの明るさが、

嘘みたいだった。


彩乃は思う。


ONとOFFが、

自然に切り替わる人。

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