第8話 いいんですか?

 「予約してくれてありがとうございます」

右耳に髪をかけながら笑いかける。

一応自分が持っている1番定価の高いワンピースを着てきた。予想通り中目黒の洒落たレストランであったものの、トイレの行きにくさからこの服装は失敗であった。普通にしとけばいいものを自分まで高く見積もってしまうこの現象に名前をつけたい所である。

「矢部さん好きそうだなと思って」

上条さんは、紙ナプキンをきっちりと膝にかけ恥ずかしそうに言った。

仕事熱心で、優しい。女慣れしてる感じが一切ない。

この人ならいいかも。

アラサーに突入したにも関わらず恋人すらいないことに焦り始めた近頃、私はそんなことばかり考えていた。

はたからみたら私達はきっと、そういうふうに見えているんだろう。

「お待たせ致しました、タスマニアビーフのボロネーゼでございます。」

泣きぼくろが印象的な店員がにこやかに料理を運んでくる。

上条さんがおしぼりやら水やらを必要以上に片付けようとしているのがなんだかおかしかった。

「いやー美味そうですね。」

切れ長の目をさらに細めている。笑った時に目がなくなっちゃう人が好きって陽子が言っていたけれど今なんとなく理解できた気がした。

「大葉とチーズの和風スパゲティです」

焦がし醤油のパンチの効いた香りがツンと鼻をさす。私はニンニクを躊躇なく頼んでしまうほど、この人に心を許していたのだと気づく。

「最初の一口いりますか?」

普段のスーツ姿には似合わない、いたずらっぽい笑みを浮かべて上条さんがいう。

「え、たべたい!」

私もつい子供っぽい声をあげてしまう。

静かに笑ってボロネーゼを差し出してくる上条さんを見つめながら、ふと思った。

私はこの人のことが好きかもしれない。

過去の恋愛のこともあり相手選びに慎重になってしまっていたけれど、案外さくっと決めてしまってもいいのではないだろうか。

そんな考えが頭をよぎる中、できるだけミートソースを取りすぎないように気をつけてそっと巻きとる。

「いいんですよ、もっと」

それはきっと私の気遣いに対して発されたものだったのだが、なんだか私の心の中を大きなレンゲで掬われたような心地であった。

ベロアマットが雨のせいか普段より湿気が増しているようだ。店のしっとりとした空気に同情するように、私の心も温度を増していく。

東京の雨は嫌いだ。でも、今日は雨くらいが丁度いい。

雨はいよいよ本降りになってきた。

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