第2話 映える黒に金①

 朝ご飯の片づけを終えたあとに、おばちゃんは簡易キットで茜音とやろうと言い出した。



「金継ぎは漆を接着剤にして、最後に金をまぶして使う昔からのお直しやねん」



 これな?とまかないのおばちゃんが出来上がっているのをひとつ手にした。黒い湯呑に金の線と垂れた模様が美しいのがもともと作られたものでなかったのか。じっと手に取ると、つるつるしていて単に模様しか見えない。



「知りませんでした」

「せやな。茜音ちゃんのおばあちゃんくらいの人でも知らん人とかいるやろし」



 ちょいちょいと漆らしい接着剤を塗布し、ゆっくりゆっくりと皿を組み合わせていく。このときにゴム手袋と筆がないと大変かぶれるそうなので、気を付けなくてはいけないそうだ。茜音も自分で割ってしまった皿にちょいちょいと筆で塗っていく。


 一気に仕上げるのではなく、マスキングテープで重ね完全に乾燥するまで時間がかかる。その間に、洗濯や掃除などの仕込みの仕事を再開。昼ご飯の仕込みの手伝いをするとき、おばちゃんに『あのな?』と声をかれたが。



「おばちゃーん。今日のお昼なに?」

「茜音~。午後のお稽古おいでなー?」



 姉弟子らの声に遮られ、それぞれの質問に答えていくが。ふたりの襟足や顔とかが日本人特有のクリームのような白い色にぐっとなにかを堪える気持ちが出てしまう。うつむきそうになると、後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。



「ちょい、違うことしよか?」



 金継ぎはまだ仕上げに時間がかかるので、豆ごはんに必要な青えんどうのさやだしくらいだったが。茜音は素朴だが塩味で炊かれるこの味ご飯が大好きだったので、すぐに頷く。



「肌、相変わらず気にしとんの?」



 作業を始めて少し経った頃に、直球的なことを言われてしまったのだが。たしかに、姉弟子らの白い肌を見て恨めしく見ていたのがバレたかもしれないのは当然。ましてや、おばちゃんは舞妓でなくてもベテランの大人だ。たしか、独立した子どもがいるくらいだったはず。



「……少しずつ、スキンケアしてます。けど……うち、あんなにもきれいなのには」

「それやかて。『おかあさん』はなんか言うてはった?」

「? おかあさんはなにも」



 置屋や宴会場の女将のことを『おかあさん』『おねえさん』たちと呼ぶのは慣習によるものだ。逆にわずかだが関係者である男性陣は『おにいさん』が多い。


 さておき、置屋のおかあさんからはたしかになにも言われていなかった。むしろ、言われていれば面接のときに、既に不合格通知を電話で寄越してきてもおかしくない。


 ということは、だ。



「舞妓ちゃんの化粧は濃いけど、きちんとすれば肌色も落ち着く。あんたのスキンケアだって、大丈夫や。おばちゃんから見ても、一年前から見ればだいぶ薄いで?」

「そ……ですか?」

「せや。ちゃぁんと、努力しとる子をおばちゃんもやけど。おかあさんも見逃したりしてない」

「……そう、どすか」



 もっと前から、とかコンプレックスに思っていた地肌について……身近な人に褒められるのであれば。おかあさんや姉弟子……おねえさんたちにも、ちゃんとわかってもらえていたのか。だから、最初の頃あれやこれやと世話を焼かしてくれたのに。最近は特に何も言ってこないのは……日陰者扱いではなく、茜音の努力を見てくれた上で後輩の位置に立っていいということかもしれない。


 なら、稽古にもおいでよとか普通言ったりしない。そんな当たり前のやさしさに気づかずに、ひねくれている自分自身が情けなく思えた。


 茜音の手の動きとうつむき加減で、おばちゃんも察してくれたのかまた肩を叩いてくれる。



「肩の力を適度に抜かんと。何年ここに居るのかわからんで? 芸妓の道も何年続けられるようになるかわからん仕事や」

「……おばちゃん。たくさん、おねえさんたちを見てきたんですよね?」

「きっついとこに、思春期の女の子たちがどたばた頑張っとるんや。舞妓の先を辞めた子かておるんよ。あんたかて、どうなるかわからん。光る道に行くかどうか、こんな半端なとこで決めるのはもったいないと思うで?」

「……は、い」



 もう泣き出すのを我慢できず、今まで吐き出せなかった辛さと悔しさを涙と鼻水でいっしょに出してしまったが。おばちゃんは青えんどうを避けた以外は頭をぽんぽんと撫でてくれるだけだった。



「え? おばちゃんが茜音泣かしとる?」

「なんでなんで?」

「みーんな。妹の話、よく聞いたり? 今年はひとりなんやから余計に」

「う、うん?」

「茜音? どしたん?」



 やさしさと労わりが全くないどころかたくさんあったと気づいたときに見えてしまえば。


 黒が少しでも薄くなるどころか映える色に近づいているんだと、やっと理解できた。台所に来たほかのおねえさんに肩を借り、しばらく言えないでいたことを自分なりに吐露するのだった。

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