第3話 映える黒に金②
金継ぎをしてから二週間後。本格的な金をまぶすところの仕上げを手伝うことになった。マスキングテープを剥がし、表面を軽くサンドペーパーで擦ったあとに。
「軽く漆塗って、金で継ぎ目を隠すようにすれば……ほら」
「綺麗……」
「これで覚えたやろ? 次は茜音ちゃんに頼むわ」
「はい」
器用不器用と差はあれど、壊れてすぐに捨てずに置く方法もあるのだなと改めて理解した。先に金継ぎされていたあの黒い湯呑は最近意識して茜音自身で使うようにしていたが、特に味に変化があるわけでもなく『あくまで模様』の扱いに出来るくらいに使い勝手がよかった。
なら、これからは可能な限り『金継ぎ』を自分でもしていこうと思えるくらい、雑務にも力が入る。『仕込み』としてのお稽古にも熱が入ったのがお師匠さんにも理解されたのか、最近はよく指摘が入るほど。運動部の経験上、それは勘でしかなくとも嬉しいことだった。
「茜音! おかあさん、呼んではるよー」
「あ、はい」
姉弟子のひとりが声をかけてくれたので、すぐに女将の部屋へと行くことにした。入る前の作法を順に、『失礼します』も丁寧に。
「茜音、お入り」
「失礼します」
女将の部屋はまるっきり和風ではあるが、事務仕事も基本的に彼女だけで請け負うので大きめのPCがあるのは少し異色感がある。でも、今はそれを気にしてはいけない。
茜音の母と同じか年上の和服美人としていつも凛とした佇まいでいるが、今日は一段とその美しさが際立っているようだ。それとどこか、浮足立っているような嬉しさみたいなのが垣間見える。
「ここに呼んだのは……茜音、なんのことかわかるぇ?」
「……いいえ。特に」
「真面目さんやねぇ? 『見習い』になること、よーやく決まったんや。あんたの見世出しの準備がようやく整いつつあるんよ」
「……え? 見習い?」
思わず標準語が口から出てしまいそうになったが、前にいる女将以外ここには誰もいない。彼女はもう一度言うようにして、首を縦に振った。
「せや。今日はちょぉ、ご馳走にしてもらおうか? 茜音には同期が他所の置屋しかおらんし、うちの置屋で出来る範囲やけど」
「あ……ありがとう、ございます!!」
ここはもう、言葉遣い関係なく深く腰を折ることしか出来ない。嬉しくて、嬉しすぎてただただ『感動』しか胸の内から湧いて出てくるばかり。やっと、自分の努力してきたものがひとつ身を結んだんだと、姉弟子らにもだがまずまかないのおばちゃんに言いたくてたまらなかった。
「気張りや、茜音。舞妓ちゃんとしての名前は後日わかるけど、今の本名は捨てるわけやない。使う場所が変わるくらいやから、安心しぃ」
「……おおきに、おかあさん。おたの申します」
「色々失敗重なったり、努力しとるのはちゃんと見とったで? 肌は……もうちょい、スキンケア頑張ろか? 水化粧で隠せる範囲は襟だしもちょいね」
「……はい」
地肌のことを色々言われるのはあれだけ嫌だったはずが、ここ最近の変化を女将にも見てもらえていたそう。そのおかげか、前ほどもやもやした思いが何もない。
そして、その日の晩御飯は本当に茜音の好物ばかりを、まかないのおばちゃんが振舞ってくれた。
「見世出しが近いんや。活力つけて、立派な舞妓ちゃん目指すんやで!?」
「はい!」
見習いを昇格すれば、見世出し。そこではじめて『黒紋付』という特別な着物を羽織ることができる。黒、黒、と毛嫌いしていた茜音もそこでようやく理解し、結局舞妓も『黒』を最初に纏うことがあったなとうっかりしていた。
両親にも無事に『デビューできる』ことを電話で連絡し、見世出しの日までに目まぐるしい日々をまた送ったがそれはそれで茜音には充実したものと変わりない。むしろ、この一年近くを物悲しく送っていたことを後悔したくらいだ。
「ほな。いってきます」
黒紋付に、地毛で結い上げてもらった髷。出来るだけ、地肌が見えないように、今日は化粧師の人に整えてもらった化粧。
それらを武器に、舞妓『
黒に映える金の継ぎ目のような生き方。置屋で一人だと思っていた見習いの舞妓が、ほかの舞妓らと仲良く渡り合える日が出来たのもこの日からだったかもしれない。
「ねえ、あの舞妓さんちょっと可愛くない?」
それとまた、秋の街並みの中にいる観光客たちの視線に、百えみも加わるのはそう遠くもなかった。彼女の後輩となる、仕込みを目指す少女たちが置屋の門を潜ろうとするのもまたすぐだろう。
出立は、黒との金継ぎから 櫛田こころ @kushida
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