第2話
矢神が給食の余りのパンをビニール袋から出して地面に置き、それに一生懸命に齧りつくピイちゃんに語りかける。
「今日のパンは、コッペパンよ。コッペパンの『コッペ』はね、フランス語で『切られた』を意味する『クーペ』からきているという説があるわ。つまりは切り込みの入ったパンのことね」
モグモグとせわしなく小さな口を動かすピイちゃんは、やっぱり可愛い。
でも。矢神の蘊蓄は正直、意味がわからない。
ウサギに向けていったいなにを語ってるのか。
「美味しい? ――そうだわ、ウサギの登場する話を、図書館でいろいろ調べたのよ。あなたの仲間の話。聞かせてあげましょうか」
レースのフリルスつきカートの裾を押さえてかがみ込み、食事中のピイちゃんに一方的に話しかけている。
いつもの光景だ。
このあいだは“ウサギにまつわることわざ”について語っていた。
「まずは『因幡の白兎』から。むかし、出雲のくにに、だいこく様という神様が―――」
「いや、ちょっと待って?!」
反射的に口を挟んでしまった。
「それってさ、ウサギが散々な目にあう話やろ? サメに皮剥がれて」
「よく知っているわね」
「ばあちゃんに聞いたことあるから……じゃなくてっ、ウサギ相手にする話ちゃうやろ?」
「けれど、最後はちゃんと毛皮が回復するのよ」
「そうやっけ、そんなら良かった……じゃなくて、なんでいっつもピイちゃんに喋りかけてるん?!」
常々抱いていた疑問をぶつける。
矢神は少し目を見開いて、きょとんとした様子で修司を見つめた。
「食事中の団欒よ」
「え」
「食事中の楽しい会話って、きっと大切なものでしょう。彼女は人語を操れないから、私から話しかけるだけに留めているけれど」
ちなみに「彼女」とはメスであるピイちゃんのことだと思われる。そんなピイちゃんは横でゴチャゴチャ言っている二人をよそに今も、コッペパンに無心で挑むアスリートのように齧り付いている。
(…………)
会話が大切なら、自分が給食のとき誰とも喋らず一瞬で食べ終わるのはなんなのか。それに話しかけるにしても、話題のチョイスがおかしい気がする。
「――なんか、もうええわ」
これ以上、会話する気力が湧かない。
こういうところなのだ、修司がもっとも苦手なのは。話が噛み合わないし、能面のように表情も動かなくて、なにを考えてるのかわからない。
(喋りかたも、おおげさで芝居じみてるし)
同じ空間で共に過ごすのは結構キツイ。いくら美人の類いでも、それを補えないレベルの癖がある。
「少し邪魔が入って中断してしまったわね。一応『因幡の白兎』は、今日は止めにしておくわ。他にはどの話がいいかしら。『ウサギと亀』、『不思議の国のアリス』、『かちかち山』、『ビロードのうさぎ』……宮澤賢治の『貝の火』……」
小屋の隅に立てかけてあったらしいトートバッグから大学ノートを取り出しページを捲りながら、矢神がまたブツブツとピイちゃんに語り始める。その様子はシンプルに不気味だ。
(なんやアレ。ピイちゃんに喋るための、ネタ帳……? つうか、さりげなく「邪魔」って)
ちょっとムカついたが恐いもの見たさに負け、背後からそっと覗いてみる。
ノート一面にびっしりと隙間なく埋められた黒い文字。少し右上がりの、へんに躍動感のある字がまるで手を繋ぎ合い踊っているみたいだ。
(こわっ!! こんなん魔女の呪文やん)
只者ではなさそうだと思ってはいたが、やっぱり呪いの力でも持ってるのか、あれは大学ノートに模した魔導書かなにかなのか――そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、竹箒でチリトリに丸っこい糞を集める作業をしていた、昼休み終了五分前のこと。
「ピイちゃんはどこ?」
教室に戻る準備に、トートバッグにノートをしまって肩に掛けた矢神が尋ねた。
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