第20話 ダンジョンの洗礼

嫌な予感は、だいたい当たる。


ウルガがそう思ったのは、足元の石畳がわずかに軋んだ瞬間だった。


「――止まって!」


声を上げるより早く、前方の床が沈み込む。


次の瞬間、壁の隙間から石弩が飛び出した。


「伏せて!」


セレナの叫びと同時に、ウルガは地面へと身を投げ出す。


石の矢は頭上をかすめ、壁に深く突き刺さった。


「……っ、危な……」


息を整える暇もなく、背後から低い音が響く。


ゴリ、と石が擦れるような音。


闇の中から姿を現したのは、二体の遺跡ゴブリンだった。


一体が正面から圧をかけ、もう一体が壁伝いに回り込む。


明らかな連携行動。


「囲いにくるわね……」


セレナが槍を構える。


ウルガは剣を握り直すが、足場が悪い。


罠の影響で床が傾き、踏み込みが遅れる。


(このままじゃ……)


脳裏に浮かぶ、我儘な玩具箱(トゥテソロ)。


呼べば、最適な神具が現れる。


状況を一変させる力が。


だが――


(全部を頼るのは、まだだ)


シュマカの声が、胸の奥で蘇る。


「君はまだそのステージにいないよ」


ウルガは静かに息を吸い、心の奥に呼びかけた。


(来い……我儘な玩具箱(トゥテソロ))


全面解放ではない。


扉を少しだけ開ける感覚。


亜空間が、かすかに震えた。


次の瞬間、ウルガの掌に現れたのは


短剣ほどの大きさの、鈍く光る刃。


――慈悲の短剣ミセリコルデ。


それは地球の伝承において、


「致命傷を負った者に、速やかな終わりを与えるための刃」。


苦しみを長引かせぬための、


殺すための道具ではなく、終わらせるための神具。


「……今は、それでいい」


前衛のゴブリンが盾ごと突進してくる。


ウルガは半歩下がり、


ミセリコルデを低く、迷いなく振るった。


刃は驚くほど軽く、


関節部へ吸い込まれるように滑り込む。


魔物の動きが、一瞬止まった。


「今よ!」


セレナの槍が閃く。


黄金の軌跡が空を裂き、後衛のゴブリンを貫いた。


連携を失った前衛も、すぐに体勢を崩す。


ウルガは踏み込み、今度は自分の剣で確実に仕留めた。


静寂。


ミセリコルデは役目を終えたかのように、


淡く光り、霧散して亜空間へと還っていく。


「……なるほど。良い選択だったわね」


セレナが息を整えながら、ウルガを見る。


「出し惜しみじゃない。


 ちゃんと“考えて選んでる”顔だった」


「……全部頼るのは、まだ早い気がして」


「正解よ」


セレナは小さく笑った。


「ダンジョンは力を誇示する場所じゃない。


 自分を測る場所なの」


ウルガは頷いた。


胸の奥が、じんわりと熱い。


派手な勝利ではない。


だが、確かな手応えがあった。


我儘な玩具箱トゥテソロは、まだ眠っている。


それでも――


(俺は、前に進めてる)


ダンジョンは厳しい。


だが、それ以上に多くを教えてくれる。


これが、冒険者として受ける


本当の意味での洗礼だった。

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