第10話 大きな噂、小さな波紋
冒険者ギルドの昼時は、朝とも夜とも違う騒がしさがある。
依頼を終えた者、これから向かう者、酒を飲むにはまだ早いが、話すにはちょうどいい時間帯だ。
「なあ、聞いたか?」 「何をだよ」
カウンター近くのテーブルで、二人の冒険者が顔を寄せていた。
「森の外縁で、レッドウルフが倒されたって話」 「は? あそこに出たのか?」 「しかも一撃だったらしい」
冗談だろ、と笑い飛ばす声もある。
だが、別の席から別の声が重なった。
「いや、俺も聞いたぞ」 「スラムのガキどもが言いふらしてる」
その言葉に、数人が鼻で笑った。
「子供の話だろ」 「尾ひれがついてるに決まってる」
だが。
「……でもな」
低い声で、別の冒険者が続けた。
「倒したのが“子供”だったらしい」
一瞬、ざわめきが止まる。
「子供?」 「馬鹿言うな」 「レッドウルフだぞ?」
その空気を、軽い声が切った。
「本当みたいよ」
受付のリーナだった。
書類を整理しながら、ちらりと視線を向ける。
「薬草採取の依頼で森に入ってた子がいるでしょ」 「……あの、十二歳の?」
「そう。ウルガっていう少年」
冒険者たちの顔に、訝しげな色が浮かぶ。
「まさか、あの坊やが?」 「細っこいガキだろ」
リーナは肩をすくめた。
「倒したところを直接見た人はいないわ」 「でも、子供たちが全員同じ話をしてる」 「逃げ遅れた子を庇って、一人で前に出たって」
その場に、微妙な沈黙が落ちた。
「……運が良かっただけだろ」 「魔物が弱ってたとか」
そう言いながらも、誰もはっきりと否定できない。
その頃。
ギルドの片隅、掲示板の前で、ウルガは新しい依頼書を眺めていた。
昨日の疲れがまだ体に残っている。
魔力を大きく削られた感覚も、完全には抜けていなかった。
「……やっぱ、使いすぎだな」
我儘な玩具箱トゥテソロは静かだ。
呼びかけなければ、何の気配もない。
それが逆に、少しだけ心細い。
「お兄ちゃん!」
不意に、聞き覚えのある声。
振り向くと、森で会った子供たちが入口から手を振っていた。
カイル、ミア、ノエル。
「来ちゃったのか」 「約束したもん!」
ノエルが駆け寄り、ウルガの服を掴む。
「お兄ちゃん、冒険者なんだろ?」 「すげー!」
周囲の視線が、一斉に集まる。
「……知り合いか?」 「子供に懐かれてるぞ」
ウルガは少し困ったように笑った。
「まあ……そんなところだ」
リーナがカウンター越しに様子を見て、くすっと微笑む。
「どうやら、噂の中心人物みたいね」
「噂?」
「ええ。森の外縁の話」
ウルガは、わずかに肩をすくめた。
「大したことはしてません」 「たまたま、助けただけです」
その言葉を聞いて、リーナは少しだけ目を細める。
「それが出来る人は、案外少ないのよ」
ギルドの空気が、少しずつ変わっていくのを、ウルガはまだ知らない。
だが確かに。
この日を境に、彼を見る視線は、ほんの少しだけ違うものになり始めていた。
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