第6話 神具のチカラ

気付けば日課になっていた兄との狩り


当たり前の日常は何時だって唐突に壊れる…




兄の剣が、弾かれた。


 乾いた音とともに、刃が空を切る。魔獣の外皮は硬く、浅い傷すらついていない。


「……ちっ」


 兄が歯噛みするのを、ウルガは初めて見た。


 逃げるべきだ。


 頭では分かっている。


 だが足が、動かなかった。


 もし今ここで引いたら、兄はどうなる?


 その想像が、胸の奥を締めつけた。


 ――嫌だ。


 その感情が浮かんだ瞬間だった。


 視界の端で、空間が揺らいだ。


 何もないはずの場所から、


 “刃”が、静かに現れる。


 短剣よりも湾曲した、奇妙な形。


 鎌にも似たその武器を、ウルガは無意識に掴んでいた。


「……ハルペー」


 口から零れた名前に、ウルガ自身が驚く。


 知っている。


 この武器を、自分は知っている。


 ――ギリシャ神話。


 怪物を討つために振るわれた、神代の刃。


 硬きものを裂き、不死の理すら断ち切るための武器。


 この世界の誰も、そんな神話を知らないはずなのに。


「ウルガ! それは何だ!」


 兄の叫びで、我に返る。


 魔獣が突進してくる。


 正面からでは、勝てない。


 だが――


「……脚だ」


 ウルガは、ハルペーを構えた。


 振り下ろすのではない。


 薙ぐように、低く。


 刃が触れた瞬間、


 信じられないほどあっさりと、魔獣の前脚が裂けた。


 骨ではない。


 “繋がっているはずの力”が、切り離された感覚。


 魔獣が悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。


「な……っ」


 兄が言葉を失う。


 ウルガは立っていた。


 だが、次の瞬間、膝が笑った。


 急激に、体の奥が空になる。


「……これが、代償……?」


 胸が苦しい。


 呼吸が浅い。


 ハルペーは、役目を終えたかのように淡く光り、空間へと溶けて消えた。


 その光景を見て、ウルガは確信する。


 ――あれは、武器じゃない。


 自分の“我儘”に応じて、


 一時的に力を貸すだけの存在。


 便利で、危険で、


 そして――頼りすぎてはいけない。


「ウルガ……お前、今のは……」


 兄の声が遠い。


 それでも、ウルガの胸には、はっきりとした感覚が残っていた。


 まだ、上がある。


 さっきの刃ですら、最適解の一つに過ぎない。


 その事実が、


 恐ろしくも、少しだけ――心を躍らせていた。

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