第5話 届きそうな力
森に足を踏み入れた瞬間、
ウルガは「今日は違う」と感じていた。
理由は、うまく言葉にできない。
ただ、空気が重い。
今日の狩りはウルガ独り。
危険度の高い森じゃない。
それは分かってる…
それでも胸の奥で、
小さな警告が鳴っていた。
草を踏みしめる音に混じって、
別の気配がある。
想定より近く、想定より大きい。
姿を現した魔獣を見た瞬間、
背中を冷たい汗が伝った。
「……マジかよ」
呟きは、自分にしか届かない。
距離が詰まる。
剣を構える腕が、思うように動かない。
逃げるべきだと、
頭では理解している。
だが足が、命令を聞かなかった。
この状況で、
失敗すれば――
家族の顔が浮かぶ。
衝撃が走った。
魔獣の突進を受け、地面に転がる。
肘に走る鈍痛が、
現実を突きつける。
立ち上がれない。
距離は、あと数歩。
「……まずいな」
声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。
そのときだった。
意識の奥で、“箱”の存在が、
はっきりと主張した。
呼べばいい。
今なら、確実に助かる。
刃が浮かぶ。
神話に語られた、あの武具が。
一瞬で、未来が変わる。
「……使えば、楽だ」
怪我もない。
恐怖もない。
兄にも、姉にも、
何も言わずに済む。
完璧な選択肢だった。
だからこそ、
喉の奥が苦しくなる。
(それで、
俺は何を
積み上げる?)
問いは、誰にも向けられていない。
それでも、確かに胸に残った。
魔獣が唸る。
距離は、もう逃げられないほど近い。
ウルガは、歯を食いしばった。
そして――
剣を、握り直す。
横へ跳ぶ。
枝が頬を掠め、血が滲む。
だが足は、止まらない。
息が切れ、視界が揺れる。
それでも、森の地形を信じて走った。
数瞬後。
足音が、遠ざかる。
魔獣は追うのを諦めたみたいだ。
静寂が、戻る。
膝をつき、荒い息を吐く。
全身が、震えていた。
助かった。
ただそれだけの事実が、
重く胸に落ちる。
「……呼ばなくて、
よかった」
言葉にした瞬間、
理由のわからない安堵が広がった。
意識の奥で、
我儘な玩具箱は沈黙している。
責めもしない。
促しもしない。
ただ、待っている。
ウルガは、
ゆっくりと立ち上がった。
次は――
もっと強くなってからだ。
力に選ばれる側になるために。
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