第6話 体育祭1

視点:風斗


今日は体育祭。

オレにとっては、ただただ面倒なイベントが行われる日だ。


まだ六月だというのに、やたらと暑い。


それにオレは、昔から日の光に弱い。

決してドラキュラの末裔というわけじゃないが、眩しくて目を開けていられない。


特に右目がきつい。

「あぁ……眩しい」


今は“開会式”という名の、無意味に立たされる拷問に耐えているところだった。


そのとき、隣のクラスの列がざわついた。

「ちょっと、大丈夫?」


見ると、幼馴染の尼子夕凪が、友人らしき女子に身体を支えられている。

どうやら貧血らしい。尼子はそのまま、保健の先生に連れられていった。


……そうか。その手があったか。


オレも保健室に行ければ――

一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ここで倒れるほど目立つ気はない。


大人しく立ち続ける。

結局、いつもそういう選択をする。


「選手宣誓!」

前方で声が上がる。


うちのクラスからは、三好月代が代表に出ていた。

陸上部を休部して、今は走れもしないのに。


……まあ、どうでもいいか。

宣誓なんて聞いても仕方ない。


オレはうつむき、昨日のことを思い出していた。

オンラインゲーム――


『サウザントフェアリー』。

ギルド〈永遠の風〉が、イベントでトップ賞を取った。

「あなた達のギルドが一番よ。おめでとう♪」

フェアリーにそう言われた時は、正直実感がなかった。


でも、グリーンさんやライトさんから次々に届いた喜びのコメントで、ようやく理解した。


……勝ったんだ、って。


「おい、何ニヤついてんだ? 開会式、終わったぞ」

前のクラスメイトに声をかけられ、慌ててテントへ向かう。


「第一種目。一年生男子による徒競走です」

テントで一息つこうとした瞬間、スピーカーから容赦ない呼び出しが響いた。


「間髪入れずに来るなよ……」

隣の男子が苦笑する。


「一年生は損な役回りだからな」

名前は忘れたが、こいつとは気が合いそうだった。


走順は五十音順。

一条のオレは、当然一番最初の組。


……まあ、嫌なことは早く終わらせるに限る。

オレの足は速くも遅くもない。


短距離だからまだマシだ。これが長距離だったら、開会式で倒れていた。


「位置について……よーい!」

乾いた音が鳴る。


……やっぱり四番。

六人中、ど真ん中。


前のやつ、抜けそうだな――

そう思った瞬間。


「あっ」

足がもつれ、視界がひっくり返った。


地面が近づき、反射的に身体をひねる。

肩から落ちた。


「……いてぇ」


我ながら上手く転んだと思うが、痛いものは痛い。


「大丈夫ですか?」

救護の腕章をつけた女子生徒が駆け寄ってくる。


右膝から血が流れているのが分かり、急に恥ずかしくなった。

全校生徒の視線が刺さる気がして、顔を上げられない。


「だ、大丈夫です。ひとりで――」

「何言ってるの。血、出てるでしょ」

強い口調でそう言うと、彼女はオレの腕を取り、肩に回した。


一気に距離が縮まり、甘い香りが鼻をかすめる。


……無理。顔、上げられない。


保健室で、ようやく彼女の顔を見る。

二年生。

体操服の胸元には〈北条〉の文字。

「ありがとうございました」


人に怒られたのも、優しくされたのも、久しぶりだった。

「無茶しちゃダメよ」

そう言い残し、北条先輩は出ていった。


「張り切りすぎちゃったのね」

保健の先生が苦笑しながら手当てをする。


「……張り切ったわけじゃ」

言いかけて、やめた。


「少し休ませてください」

「もちろん。血が止まるまでね」

先生が出ていき、静かになる。


……念願の保健室だ。

膝は痛いが、静けさの代償だと思えば安い。


「……おーい」

小さな声。


振り向くと、ベッドに横になった尼子夕凪がいた。

「尼子……さん」


「何よ、それ。夕凪でいいでしょ」

「いや……今さら無理だろ」


そう言うと、尼子は楽しそうに笑った。

「風斗って、ほんと可愛い」

体温が、一気に上がる。


「貧血……大丈夫なのか?」

話題を逸らす。


「相変わらず優しいのね」

……いつ、優しくした?

尼子は身体を起こし、ゆっくり話し始めた。


「覚えてる? 小さい頃。月代と三人で遊んでたこと」

「ああ」

「月代はいつも走り回ってて、私は必死でついていって……

風斗は、時々止まって、私を待ってくれた」


覚えている。


半泣きで走る尼子の姿。

「……はぐれないように、な」

「覚えてるじゃない」

尼子は笑い、そして急に真顔になった。


「ねえ。私、月代が怪我してくれて……嬉しかった」

背中に、冷たいものが走った。


「だって、毎日一緒に帰れるでしょ」

「……」

「三人で走り回ってた、あの頃に戻りたいの」


しばらくして、また笑顔になる。

「風斗とも、また一緒に遊びたいな」

「ああ……そのうち、な」


誤魔化すように答えた。


尼子は窓の外を見る。

「月代ちゃん、ちゃんと走れたかな」


長い髪、優しい声、穏やかな目。

間違いなく、尼子は綺麗だ。

でも――

幼馴染という距離は、

いつの間にか、戻れない場所になっていた。

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