第5話 光の湖に咲く華

なんで、あたしを産んだのよ。

お姉ちゃんだけで良かったんじゃないの――。


保健室のベッドで目を覚ました瞬間、そんな言葉が胸の奥で渦を巻いた。


「……う、鼻が痛い」

「佐竹咲華さん、鼻血が出てるから、しばらく動かないで」


「バスケットボールが当たったみたいね」

保健の先生は穏やかにそう言ったけれど、あたしは知っている。


あれは事故なんかじゃない。


体育の授業中、わざとぶつけられたのだ。

「きたなーい」

耳に残る、作ったような可愛い声。


その声の主が誰なのかも、分かっている。


津軽三佳。


クラスのマドンナ。読者モデルをしているらしく、いつも人に囲まれている。


実際にボールを投げたのは、彼女じゃない。

でも、取り巻きたちが動く理由なんて、一つしかない。


昨日は筆箱の中の鉛筆の芯が全部折られていた。

一昨日はシャープペンの芯が抜かれていた。


……ほんと、くだらない。


三月までは、姉が守ってくれていた。


才色兼備。成績も運動神経も抜群で、この中学校で一番の人気者。

父と母の“良いところ”を全部集めたみたいな人。


そして、あたしは――

父の残念な頭と、母の運動音痴だけを受け継いだ出来損ない。


四月。

姉は進学校へ進み、あたしだけがこの中学校に残った。


守ってくれる人がいなくなった途端、世界は露骨に変わった。


誰も話しかけてこない。

姉に近づくために友達のふりをしていた人たちは、驚くほどあっさり離れていった。


……当然、だよね。


何の取り柄もない女子中学生と仲良くする理由なんて、どこにもない。


放課後、美術部へ向かう。

特別、絵が上手いわけじゃない。

ただ「何かの部活に入らなきゃいけない」から選んだだけ。

それでも、キャンバスに向かっている時間だけは、嫌いじゃなかった。


無心で筆を動かしている間は、余計なことを考えなくて済む。

家に帰り、制服を脱いで、パソコンの電源を入れる。


「……今日は、森の探索だったっけ」

ログインすると、すでに二人がインしていた。


「こんばんわー」

このゲーム――

**『サウザントフェアリー』**も、あたしの大切な居場所だ。


プレイヤー名はブロッサム。

職業は武闘家。


所属ギルド「永遠の風」は、正直名前はダサい。

でも、メンバーは優しくて、居心地がいい。


多分、みんな年上。

くだらないことで笑って、喜んで――

学校のクラスメイトとは、まるで別の世界の人たち。


ブロッサムは、ゴリゴリの男性キャラだ。

強くなりたくて選んだら、やたらマッチョになった。


中の人が女子中学生だなんて、誰も気づいていない。

……そこが、逆に楽しかった。


森の奥、光り輝く湖。

「水着で探索してみよう」という話になり、あたしは一瞬、手を止めた。

男性キャラ用の水着。


海パン一丁。

……中身は女子なのに。


水着を持っていないフリをした。

だけど…何か不穏な雰囲気。


水中で戦闘が繰り広げられている事が分かる。


恥ずかしさに躊躇しながらも、自分に言い聞かせる。

キャラは男。

何を気にしてるのよ。


思い切って水着を装備し、湖へ飛び込んだ。

水中で見えたのは――


気を失って漂う、ウインドさんの姿だった。

胸が、きゅっと締めつけられる。


「ムーンさん、回復薬!」

慌てて指示を出す。


ウインドさんが無事だと分かった瞬間、息が詰まっていたことに気づいた。

……なんで、こんなに。


ナマズ型のボスモンスターとの戦闘。

水中で痺れる体。


それでも、拳を叩き込む。

「武技――爆裂連打!」

雷魔法との連携。


全身を走る電撃。


正直、怖かった。

でも――

「ブロッサムさん、凄い!」

その一言で、全部報われた気がした。


戦闘後。

「ありがとう。君のおかげだよ」

ウインドさんの言葉が、胸に沁みる。


学校では、誰も褒めてくれない。

必要とされることもない。


でも、ここでは。


――ここには、あたしの居場所がある。


笑顔コマンドを入力する。


画面の中のブロッサムと同じように、

パソコンの前で、あたしも笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る