第7話 体育祭2

視点:月代


今日は体育祭。

待ちに待ったイベント……のはずだった。


私は四月初めの委員会決めで体育委員に立候補した。

その結果、クラス代表として選手宣誓を行うことになった。


まさか、立候補から一か月後に足の怪我という難題に襲われるなんて。

あの時の私は、そんな未来を想像もしていなかった。


頭の中で、選手宣誓の言葉を何度も繰り返す。

「はぁ……緊張するわ」


その時、隣のクラスの列がざわつくのが聞こえてきた。


あれは……夕凪。どうしたのかしら。貧血?

大したことがなければいいけど……。


そう思った瞬間、私の出番が来た。

夕凪の方を横目で見ながら、最前列へと急ぐ。


各クラスの代表が一列に並び、声を揃えて叫ぶ。

「宣誓! 私たちは力の限りを尽くし、悔いなく体育祭を楽しみます!」


誰が考えたのかは知らないけれど、

“楽しむ”という言葉で締めくくられているこの宣誓が、私は好きだ。


まあ、真剣に聞いているのはごく一部の生徒だけだろうけど。

振り返ると、クラス前方に風斗の姿があった。


相変わらず、ぼーっとしている。

――この人、絶対に宣誓聞いてないわね。


妙に納得しながら、私は駆け足で自分の列へ戻った。

「ねぇ……隣のクラスの、気分悪くなった子、大丈夫かしら?」

夕凪のことが心配で、近くにいたクラスメイトに聞く。


「保健の先生が連れていったから、大丈夫じゃないかな?」

その言葉を聞いて、胸をなで下ろした。


最初の種目は一年生男子の徒競走。

次の一年生女子徒競走まで、私の体育委員の仕事はない。


仕方ない。


クラスの男子でも応援してあげよう。

そう思った矢先、派手に転ぶクラスメイトが目に入った。

「……風斗」

顔を押さえ、保健委員に肩を借りて退場する風斗を、私は目で追った。


「なんて……情けない……」

クラスの女子から落胆の声が上がる。


そもそも、同じクラスの男子だと気づいていない子もいるけど。

存在感の無さを、こんなところで発揮しなくてもいいのに。


男子徒競走が終わり、次はいよいよ一年生女子の番だ。

三好月代である私は、後ろの方の順番。


深く息を吸い、呼吸を整える。

陸上部顧問の先生と、久しぶりに目が合った。


……けれど、私はゆっくりと視線を逸らした。

先生が信号器ピストルを掲げる。


パァン――。


紙雷管が弾ける、懐かしい音。


私は前へ踏み出した。

久しぶりに感じる、走る感覚。

「三好ー! 頑張れー!」

歓声の中から、その声を見つける。


陸上部の小早川先輩だ。

走り高跳びをしている先輩は、すらりとして爽やかで……とても格好いい。


声は分かったけど、姿までは確認できない。


――休部してから、会ってないな。


そんなことを考えながら走るけれど、足を踏み込めない。


怖い。

怖い。

怖い。


ここで力を出して、もし悪化したら……。

……ああ、でも。


もう、既に――。


ゴールした私は、一番後ろの列へと並んだ。

「六番か……」


常に一位だった徒競走で、最下位。

やっぱり、気持ちは沈む。


「怪我してるんだから、仕方ないって」

クラスメイトたちが肩を叩いてくれる。


私は笑顔で返したけれど、「ありがとう」とは言えなかった。


「はぁ……最初から疲れるわね」


次の予定まで少し時間がある。

私は、保健室へ向かうことにした。


開会式で倒れた夕凪の様子が気になったから。

「夕凪〜」

ノックしてから、そっと引き戸を開ける。


「ちょっと……風斗。夕凪に悪さしてないでしょうね?」

ベッドに座る夕凪のそばに、椅子に座る風斗。


その姿を見て、思わず悪態をついた。


――どうしてだろう。


この人を見ると、つい敵対視してしまう。

「おいおい、どう見たらそうなるんだよ」


風斗が抗議すると、夕凪がくすくす笑う。

元気そうで、安心した。


「大丈夫よ、月代。風斗にそんな根性ないから」

その言葉に、私は妙に納得する。


「……濡れ衣が晴れたってのに、釈然としないな」

偉そうに言う風斗に、私は内心むっとした。


「それより月代ちゃん、徒競走どうだった?」

その一言で、最下位だったことを思い出す。


私は少し俯いた。

「そうか……。まぁ、一年生だし。徒競走だけが人生じゃないしね」


そう言われて、胸がざわつく。


――徒競走だけが人生じゃない。

普通の高校生なら、正しい言葉だ。


でも、私はスポーツ推薦でこの高校に入学した。

しかも、成績は下から数えた方が早い。


「……私ね、スポーツ推薦なの」

夕凪だから、言えた。


「もし陸上が出来なくなったら……留年。最悪、退学かもしれない」


そう考えた瞬間、涙が溢れてきた。

徒競走の結果も、中間テストの成績も、全部が重なって。


夕凪が慌てているのが分かる。


「おい尼子。お前、三好に勉強教えてやれよ」

突然、風斗が口を開いた。


「勉強、出来る方だろ」


私は首を振る。


「……私は、人に教えるのが苦手なの。前に親戚の子に教えたけど、上手く出来なくて……」

今度は夕凪の声が震えた。


「じゃあ……風斗も一緒にやろ?」

「私と風斗で、月代に勉強教えるの」

その提案に、私は驚き、風斗も固まった。


風斗と一緒に?


拒否したい気持ちと、

授業中ノートも取らないのに成績が良い理由を知りたい気持ちが交錯する。


「……助かる、とは思う」

普段なら言わない言葉。


でも、それほど追い詰められていた。


「いや……オレ、忙しいんだけど」


――はぁ!?


「月代ちゃん、落ち着いて」

夕凪が慌てて私をなだめる。


「たまにでいいの。勉強会、しよ?」


「……たまになら、いいよ」

引きつった風斗の表情を見て、

苛立ちと同時に、自分の不甲斐なさを感じた。


「じゃあ、決まりね!」

夕凪が両手を合わせて微笑む。


「次の日曜日に集まりましょ。場所は……月代ちゃんの家で」


「え、私の家?」

「え、次の日曜日?」


同時に声を上げる私たち。


「風斗、忙しいの? もしかして彼女でも……?」

風斗の顔を覗き込む夕凪。

私は内心、(この人に彼女なんて……)と思っていた。


「彼女なんていない!」


「知ってるわよ!」

怪訝な表情で、私は即答した。

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サウザンドフェアリー ~永遠の風の冒険~ 輪和(りんわ) @rinkazu523

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