第2話 家族のいる場所

家に帰ると、母と妹が泣きながら飛びついてきた。


「……よかった……本当によかった……」


何度も、何度も同じ言葉を繰り返しながら、母はボクを抱きしめる。

妹のセフィアも、服をぎゅっと掴んだまま離れない。


「ごめんなさい……」

それしか言えなかった。


母の誕生日だというのに、取り返しのつかない心配をかけてしまった。


父はまだ、ボクを探しに森へ入っているらしい。

「その前に……とにかく着替えましょう」

母はようやく我に返ったように言った。


自分でも分かる。きっと、ひどい格好をしている。

水を浴びて、汚れを落とす。

服を着替えて部屋に戻ると、胸の奥が少しだけ落ち着いた。


――今なら、言える。

ボクは小さな布包みを差し出した。


「……お母さん。誕生日、おめでとう」

中には、赤く艶のあるポポロの実。

母の大好物だ。


こんなことをしている場合じゃない。

そう思いながらも、どうしても伝えたかった。

母は一瞬、きょとんとしたあと――


ぽろりと涙をこぼし、ボクを抱きしめた。

「ありがとう……無事でいてくれたことが、一番の贈り物よ」


胸が、ぎゅっと締め付けられた。


その時だった。


どんっ、と大きな音と共に扉が開く。

「マイトは帰ってきたか!?」


血相を変えた父が飛び込んできて、

ボクの姿を見た瞬間、表情が崩れた。


「……よかった……」

次の瞬間、強い腕で抱きしめられる。


「い、痛い……」

声には出さず、心の中で呟く。


きこりの父の腕力は、本気で強い。

落ち着いたところで、森に行ったことを正直に話した。


ただし――崖のことも、契約のことも伏せたまま。


「途中で……友達に会ってさ」

そう言って、後ろに視線をやる。


「この子が、ボクの召喚獣だよ」

白いウサギのような姿のアルマティアスは、

ちょこんと前に出て、丁寧に頭を下げた。


「……おぉ」

父は目を丸くし、それから感心したように頷く。


「その歳で召喚獣とは……やはり、お前は只者じゃないな」


――やはり?


その言葉に、ほんのわずかな違和感を覚えたが、

深く考える暇はなかった。


「それより、夕飯にしましょ!」

明るい声で言ったのは、妹のセフィアだ。


「今日はね、私も手伝ったんだから!」

胸を張る妹に、思わず笑ってしまう。


夕食は、いつもよりずっと豪華だった。

野菜や穀物に加え、肉料理。


中央には、ボクが持ち帰ったポポロの実。

笑い声が絶えない食卓。


――守りたい、と思った。


「私も、ご一緒していいかしら?」

アルマティアスがそう言うと、家族が一斉に固まった。


「……喋るのか!?」

父が驚くのも無理はない。


「長生きしている召喚獣は、言葉を話すものよ」

アルマティアスは平然と答える。


家族は顔を見合わせ、あっさりと納得した。

――嘘を、ついている。

胸の奥が、ちくりと痛む。

それでも、守るための嘘だ。


食後、部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

「……疲れた……」


目を閉じかけた、その時。

「おーーーい、マイトラクスくん?」

明るい声。


振り向くと、尻尾の長い白ウサギ――アルマティアスがいた。

よく見ると、額にうっすら青筋が浮かんでいる。


「忘れてないわよね?」

……あ。

「私に魔力をくれる約束、でしょ?」


契約。

そうだ。ボクは、その代償をまだ払っていない。


ベッドから起き上がり、手をかざす。


ゆっくりと、体の奥から魔力を流した。

「……ふふ」

アルマティアスの目が、細くなる。


「美味しい」

「え?」

思わず声が出た。


「こんなに美味しい魔力、久しぶりよ。

 やっぱり……あなた、特別ね」

意味が分からない。


でも、その言葉が、妙に胸に引っかかった。

「今日はここまででいいわ。

 ちゃんと休みなさい」


そう言って、アルマティアスは丸くなる。


――もう、普通の生活には戻れない。


そう実感しながら、

ボクは眠りについた。

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