最強の召喚術師は魔族と契約していることを誰にも言えない

輪和(りんわ)

第1話 魔族との契約

――もしあの時、あの声を無視していたら。

今のボクは、ここにはいない。


そう断言できるほど、あれは――

生きるか、死ぬかの選択だった。


目を開けると、世界は闇だった。

息を吸うたび、胸の奥が軋む。


身体のどこかが壊れているのは分かるのに、どこがどうなっているのか考える余裕すらない。


冷たい。

そして、重い。

「……ああ」

声を出そうとして、失敗した。


思い出したのは、母の笑顔だった。

誕生日に、少しでも美味しい果物を持ち帰りたくて――


「安全な森」だという言葉を信じて、ひとりで奥へ入った。

足を踏み外した。


それだけのことだ。

崖を転げ落ちる感覚と、全身を打ち付ける痛み。


そこから先の記憶は、もう曖昧だ。

(……ここで、終わりなのかな)


父と母の顔が浮かぶ。

妹は、泣くだろうか。


いやだ。

そんなの、いやだ。


そう思った瞬間――

「――キミ」

声が、聞こえた。


はっきりとした声だった。

だが、周囲に気配はない。闇の中には、ボクひとりしかいないはずだ。


「そのままだと、死ぬよ」


淡々とした言葉。

事実を告げるだけの、冷たい声。


「でも――私と契約すれば、生きられる」


(……だれ?)


問いかけようとしても、口は動かない。

代わりに、心の奥でそう呟いた。


「私は魔族。アルマティアス」


その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。


魔族。

人族の敵。


恐怖と共に、本能が拒絶する。

「安心しなさい、と言っても無理よね。でも選ぶ時間はあまりない」

まるで、こちらの思考を読んでいるかのように声は続く。


「このままなら、あと数分。

 ……キミの命は、そこで終わる」


嘘だと言いたかった。

拒絶したかった。


けれど、身体は正直だった。

意識が、急速に薄れていく。


「契約内容は簡単よ」

魔族は、淡々と告げる。


「キミは毎日、私に魔力を供給する。

 代わりに私は、キミを生かし続ける」


(……魔力?)


村で魔力を持つ人間は、ほとんどいない。


少なくとも、ボクの知る限り――

「もちろん、契約は一方的じゃない。拒否もできる」

そう言いながら、魔族は静かに付け加えた。


「拒否すれば、キミはここで死ぬだけ」


――卑怯だ。

でも、正しい。


(……生きたい)

答えは、最初から決まっていた。


家族に会いたい。

まだ、何も終わっていない。


「……条件がある」


掠れた声が、自分の耳に届いた。

「家族に、迷惑がかからないようにしてほしい」


一瞬の沈黙。

そして――

「ふふ。面白いことを言うのね」


魔族は、楽しそうに笑った。


「いいわ。その代わり――

 この契約のことは、誰にも言わないで」


その言葉に、ボクは頷いた。

「……契約を、交わします」


光が、世界を包んだ。


目を覚ました時、痛みはほとんど消えていた。

「おはよう。これからよろしくね」


目の前にいたのは――

白いウサギのような、小さな存在だった。


長い尻尾が、ゆらりと揺れる。

「魔族の姿のままじゃ目立つでしょ?

 今は“召喚獣”ってことにしておいて」


アルマティアスと名乗った魔族は、悪びれもせず言った。


「約束通り、毎日魔力をちょうだい。

 それがキミの“生きる代償”なんだから」

頭の上に、軽い重み。


「……ひとつ忠告」

彼女は、楽しげな声で囁いた。


「この契約がバレたら、キミは確実に消されるわ」

背筋が、冷えた。

それでも――

歩き出すしかなかった。


これは、

最強の力を得てしまった少年が、その事実を隠し続ける物語の始まりだ。

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