最強の召喚術師は魔族と契約していることを誰にも言えない
輪和(りんわ)
第1話 魔族との契約
――もしあの時、あの声を無視していたら。
今のボクは、ここにはいない。
そう断言できるほど、あれは――
生きるか、死ぬかの選択だった。
*
目を開けると、世界は闇だった。
息を吸うたび、胸の奥が軋む。
身体のどこかが壊れているのは分かるのに、どこがどうなっているのか考える余裕すらない。
冷たい。
そして、重い。
「……ああ」
声を出そうとして、失敗した。
思い出したのは、母の笑顔だった。
誕生日に、少しでも美味しい果物を持ち帰りたくて――
「安全な森」だという言葉を信じて、ひとりで奥へ入った。
足を踏み外した。
それだけのことだ。
崖を転げ落ちる感覚と、全身を打ち付ける痛み。
そこから先の記憶は、もう曖昧だ。
(……ここで、終わりなのかな)
父と母の顔が浮かぶ。
妹は、泣くだろうか。
いやだ。
そんなの、いやだ。
そう思った瞬間――
「――キミ」
声が、聞こえた。
はっきりとした声だった。
だが、周囲に気配はない。闇の中には、ボクひとりしかいないはずだ。
「そのままだと、死ぬよ」
淡々とした言葉。
事実を告げるだけの、冷たい声。
「でも――私と契約すれば、生きられる」
(……だれ?)
問いかけようとしても、口は動かない。
代わりに、心の奥でそう呟いた。
「私は魔族。アルマティアス」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
魔族。
人族の敵。
恐怖と共に、本能が拒絶する。
「安心しなさい、と言っても無理よね。でも選ぶ時間はあまりない」
まるで、こちらの思考を読んでいるかのように声は続く。
「このままなら、あと数分。
……キミの命は、そこで終わる」
嘘だと言いたかった。
拒絶したかった。
けれど、身体は正直だった。
意識が、急速に薄れていく。
「契約内容は簡単よ」
魔族は、淡々と告げる。
「キミは毎日、私に魔力を供給する。
代わりに私は、キミを生かし続ける」
(……魔力?)
村で魔力を持つ人間は、ほとんどいない。
少なくとも、ボクの知る限り――
「もちろん、契約は一方的じゃない。拒否もできる」
そう言いながら、魔族は静かに付け加えた。
「拒否すれば、キミはここで死ぬだけ」
――卑怯だ。
でも、正しい。
(……生きたい)
答えは、最初から決まっていた。
家族に会いたい。
まだ、何も終わっていない。
「……条件がある」
掠れた声が、自分の耳に届いた。
「家族に、迷惑がかからないようにしてほしい」
一瞬の沈黙。
そして――
「ふふ。面白いことを言うのね」
魔族は、楽しそうに笑った。
「いいわ。その代わり――
この契約のことは、誰にも言わないで」
その言葉に、ボクは頷いた。
「……契約を、交わします」
光が、世界を包んだ。
*
目を覚ました時、痛みはほとんど消えていた。
「おはよう。これからよろしくね」
目の前にいたのは――
白いウサギのような、小さな存在だった。
長い尻尾が、ゆらりと揺れる。
「魔族の姿のままじゃ目立つでしょ?
今は“召喚獣”ってことにしておいて」
アルマティアスと名乗った魔族は、悪びれもせず言った。
「約束通り、毎日魔力をちょうだい。
それがキミの“生きる代償”なんだから」
頭の上に、軽い重み。
「……ひとつ忠告」
彼女は、楽しげな声で囁いた。
「この契約がバレたら、キミは確実に消されるわ」
背筋が、冷えた。
それでも――
歩き出すしかなかった。
これは、
最強の力を得てしまった少年が、その事実を隠し続ける物語の始まりだ。
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