第3話 日常の中の、異常

「チュンチュン♪」

鳥のさえずりで、ボクは目を覚ました。


窓から差し込む朝の光は眩しく、あたたかい。

昨日までの出来事が嘘だったかのように、穏やかな朝だった。


部屋を見渡す。

誰もいない。


――白いウサギ。

魔族アルマティアスの姿もない。

(……夢、だったのかな)


森で崖から落ち、死にかけて。

魔族と名乗る存在と契約を交わし――助けられた。


あまりにも出来すぎた話だ。

物語の中の出来事みたいで、現実感がない。


そう思った、その瞬間。

ベッドの上に、赤く淡い光が円を描いた。


魔法陣だ。


足先から、ゆっくりと何かが“降りてくる”。

「……やっぱり夢じゃなかったか」


白い毛並み。

長い耳と、ふわふわの尻尾。

「おはよう、マイトラクスくん」

魔族アルマティアス――


昨日と変わらぬ姿で、そこにいた。

「おはよう、アルマティアス」


朝の挨拶を返すと、彼女は少し首を傾げる。

「ねえ、名前なんだけど。アルマって呼んでくれていいわよ。

 私も、マイトって呼びたいわ」

「うん。家族もそう呼ぶし、それでいいよ」


正直、その方がありがたい。

長い名前は、どうにも慣れない。

「それじゃ、改めてよろしくね。マイト」

にこりと笑うアルマ。


どう見ても、危険な魔族には見えなかった。


「ところで」

アルマは尻尾を揺らしながら続ける。


「毎日魔力をもらうだけっていうのも、少し気が引けるのよね」

「……?」


「だから、お返しに教えてあげる」

彼女はさらりと言った。


「魔力の増やし方と、魔法の使い方」

思わず、目を見開いた。


この村で、魔法を教えてくれる人はいない。

そもそも、魔法を使える人自体がいないのだ。

「それは……ぜひ、お願いしたい」


「ふふ。これで毎日、美味しい魔力が確保できるわね」

……今、本音が漏れた気がする。


アルマは、本来の召喚獣とは違う。

呼ばなくても現れるし、勝手に消える。


でも、彼女は言った。

「気にしないで。私は魔族だもの。

 “召喚獣のふり”をしてるだけよ」


「はい、お母さん。今日の分」

水の魔法で水球を作り、樽に流し込む。


これが、ボクの朝の日課だ。

「ありがとう、助かるわ」


母の笑顔に、胸が少し痛む。

昨日、どれだけ心配をかけたか――今になって実感した。


朝食は、芋と野菜がたっぷり入ったスープ。

とろりとした甘みが、心まで温めてくれる。


家族揃って朝食を終え、ボクは学校へ向かった。

村にひとつだけある、小さな学校。

先生は一人、生徒は十二人。年齢もばらばらだ。


この中で、魔法を使えるのは――ボクだけ。

だから、学校では使わない。


父からも「目立つな」と言われている。

計算の授業を受け、文字を書き、


いつも通りの午前中が過ぎていった。

(……本当に、普通の日だ)


そう思っていた。

帰り道。

赤い魔法陣が、足元に浮かび上がる。


今度は頭から、ゆっくりとアルマが現れた。


「ただいま、マイト」

「……相変わらず、派手だね」

「演出は大事よ?」


魔法陣の向こう側について尋ねると、

アルマは曖昧に笑った。


「こことは違う世界。

 今は、それだけ知っていればいいわ」


――今は、か。

「さあ」

アルマは楽しそうに言った。


「今日から始めましょう」

尻尾が、ぴんと立つ。

「魔法の特訓よ」


胸の奥で、何かが静かに高鳴った。


この日常が、

少しずつ壊れていく予感を、ボクはまだ知らなかった。

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