第11話 ムライを倒す方法を、知っている

 インターホンは鳴らなかった。

 代わりに、

 ドアがノックされた。


 遠慮のない、

 古い癖のある叩き方。


 ――三回。

 間。

 もう一回。

 胸が、嫌な音を立てた。


「須藤」

 名前を、

 呼ばれた。


 警察じゃない。

 役所でもない。

 知ってる声だった。


「起きてるのは分かってる」

 その言い方が、

 もう無理だった。

 俺は、

 鍵を開けた。


 ドアの向こうに立っていたのは、

 背の低い、

 猫背の男。

 白髪混じり。


 安物のスーツ。


 目だけが、

 やけに鋭い。

「……誰ですか」

 分かってるのに、

 一応聞いた。


「イマダだ」

 それだけ。

 それだけで、

 空気が変わった。


 ムライの、

 “先生”。


「入らない」

 俺が何か言う前に、

 イマダは言った。


「お前の部屋、

 今は外より狭いだろ」

 正解だった。


 俺は、

 ドアの前に立ったまま、

 黙った。


 イマダは、

 靴のまま、

 一歩だけ踏み出す。


 その距離感が、

 異常に近い。

「須藤」

 名前を、

 もう一度。


「ムライにやられたな」

 否定しなかった。


 否定する価値も、

 もうなかった。

「全裸で正座」

 淡々と、

 事実だけを並べる。


「泣いて、

 漏らして、

 許しを乞うた」

 心臓が、

 跳ねた。


「……なんで」

「知ってるか?」

 イマダは、

 俺の目を見た。


「あれでも、

 ムライは手加減してる」

 胃が、

 ひっくり返る。


「殺す時は、

 声を聞かない」

 イマダは、

 そう言ってから、

 初めて少し笑った。


「だから生きてる」

 俺は、

 唇を噛んだ。


「……帰ってください」

 絞り出した言葉。


 イマダは、

 首を横に振った。

「帰らない」

 即答。


「俺は、

 “続き”を見に来た」

「俺は、

 もう喧嘩しません」

 本音だった。


 イマダは、

 それを聞いても、

 何も驚かなかった。


「知ってる」

「……?」

「お前は、

 今、

 喧嘩を否定してる」

 言い当てられた。


「それで、

 どうだ?」

 イマダは、

 俺の部屋の奥を見た。


「世界は、

 優しくなったか?」

 答えられなかった。


「ムライは、

 喧嘩を肯定してる」

「……」

「でも、

 制度は否定してる」

 イマダは、

 一歩近づいた。


「お前は、

 その逆だ」

 喧嘩を否定し、

 制度に殺されかけている。


「須藤」

 低い声。


「ムライを倒す方法を、

 俺は知っている」

 空気が、

 止まった。


「……無理です」

 即答だった。


「無理だ」

「知ってる」

 まただ。


「だから、

 教える」

 イマダは、

 ポケットから、

 古いスマホを出した。


 画面には、

 一つの動画。

 再生される。


 そこに映っていたのは、

 高校の体育館。

 若いムライ。


 そして――

 ムライが、

 殴られている映像。


「……誰が」

「俺だ」

 イマダは言った。


「喧嘩じゃない」

 映像の中で、

 ムライは、

 一切反撃していない。


「教育だ」

 動画が止まる。


「ムライは、

 恐怖で止まらない」

 イマダは、

 はっきり言った。


「意味で止まる」

 俺の背中を、

 冷たいものが走った。


「お前には、

 その才能がある」

「悪知恵、だろ」

 見透かされている。


「ムライを殴るな」

 イマダは、

 最後にそう言った。


「ムライの喧嘩を、

 壊せ」

 沈黙。


 長い、

 長い沈黙。


「……やらなかったら」

 俺は、

 小さく聞いた。

「どうなる」

 イマダは、

 即答した。


「お前は、

 そのまま消える」

 脅しじゃない。


 予測だ。

「選べ」


 イマダは、

 ドアに手をかけた。

「何もしないで、

 終わるか」


 振り返る。

「ムライを、

 終わらせるか」

 ドアが閉まる。


 鍵の音。


 俺は、

 その場に座り込んだ。


 喧嘩は、

 嫌だ。

 怖い。


 でも――

 何もしない世界は、

 俺を殺す。


 布団の中で、

 初めて、

 ムライの顔を思い出して、

 こう思った。


「……次は、

 殴られない」

 それが、

 修行の始まりだった。

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