第7話 喧嘩をしないと決めた日、俺は一番安心した
カーテンを閉め切った部屋は、昼でも夜みたいだった。
スマホは電源を切ってある。
正確に言うと、一度切って、二度と入れ直せていない。
理由は簡単だ。
俺の名前を検索すると、
俺が全裸で正座している画像が出てくるから。
女子校。
校門。
変質者。
ハッシュタグ付きで。
あの日から、
俺は喧嘩ランキングのことを一切考えなくなった。
というより、
考えると吐きそうになる。
殴られる痛みより、
恥ずかしさより、
一番きつかったのは、
――俺が、何もできなかったこと。
悪知恵も。
計算も。
《条件反射》も。
ムライの前では、
全部、意味がなかった。
「……喧嘩って、なんなんだよ」
独り言は、誰にも届かない。
それが、妙に楽だった。
喧嘩しなくていい。
勝たなくていい。
嫌われなくていい。
布団の中で丸くなっていると、
心だけが、少し軽くなる。
でも同時に、
分かってもいた。
これは回復じゃない。
停止だ。
ある日、インターホンが鳴った。
無視した。
また鳴った。
しつこい。
「スドウ。いるのは分かってる」
男の声。
低くて、疲れていて、
でも妙に通る声。
「ムライの担任だった。
イマダだ」
……は?
心臓が、一拍遅れて跳ねた。
ムライ。
その名前だけで、胃が縮む。
「開けなくていい。
今日は殴りに来たわけじゃない」
信用できるか、そんなもん。
「ただ、言いに来ただけだ」
鍵越しに、声が落ちてくる。
「あいつの喧嘩は、教えた結果だ」
――は?
意味が分からない。
「才能じゃない。
異能力でもない」
一拍。
「教育ミスだ」
ドアの前に立っているのに、
逃げ場がない気がした。
「だからな」
イマダは、淡々と言った。
「次はお前だ」
……最悪だ。
喧嘩をやめた直後に、
喧嘩最強を作った教師が来訪。
人生、嫌なタイミングだけは正確すぎる。
「帰ってください」
やっとの思いで、そう言った。
「俺、もう喧嘩しません」
本音だった。
殴るのも、
殴られるのも、
もう十分だ。
しばらく、沈黙。
それから、イマダが言った。
「いい判断だ」
……え?
「お前は、今のままじゃ、
何百回やってもムライに勝てない」
知ってる。
嫌になるほど。
「だから」
イマダは続けた。
「喧嘩を教えに来たわけじゃない」
ドア越しでも分かる。
この人、まともじゃない。
「喧嘩の“壊し方”を教えに来た」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の中で、
完全に消えたはずの感情が、
ほんの一ミリだけ動いた。
怖さでも、怒りでもない。
――嫌な予感。
「今日は帰る」
イマダはそう言って、
本当に帰っていった。
置き土産みたいに、
最後に一言だけ残して。
「安心しろ。
修行は、
喧嘩よりずっとムチャクチャだ」
ドアの前で、
俺はしばらく立ち尽くしていた。
喧嘩を否定したはずなのに、
否定したままでは、
何も終わらない気がして。
布団に戻って、
目を閉じる。
それでも、
イマダの声だけが、
頭から離れなかった。
――ムライは、教えた結果だ。
その言葉が、
なぜか一番、
俺を眠らせなかった。
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