第6話 永久不動の44位は、殴る理由すら持っていなかった

 ムライという男の噂は、前から聞いていた。


 喧嘩ランキング永久不動の44位。


 上がらないし、下がらない。


 異能力なし。


 スポンサーなし。


 観客受け最悪。


 それでも誰も、

 ――ムライにだけは、喧嘩を売らない。

 理由は単純だった。


 あいつは、勝つために殴らない。


 楽しむためでもない。


 金のためですらない。


 壊すために殴る。


 だから44位。


 それ以上に行く必要がない。


 俺は、そのムライを見つけた瞬間、

 頭のどこかで分かっていた。


 ――こいつは、今までの相手と違う。

 それでも。


「……あんたに、喧嘩売ります」

 俺は言った。


 声が少し震えていたのを、ムライは見逃さなかった。


「へえ」

 ムライは笑った。


 優しくもなく、残虐でもない、

 ただ“空っぽ”な笑いだった。


「理由は?」

「……勝てば、順位が上がるんで」

 ムライは、少し首を傾げた。

「つまんね」


 次の瞬間、

 俺は地面に転がっていた。


 世界が、遅くならない。

 《条件反射》は、完全に沈黙していた。


 ムライは俺を見下ろしていない。


 勝ったとも思っていない。


 最初から、俺を“物”として扱っている。


 殴られる。


 蹴られる。


 痛みが、順番待ちをしている。


 喧嘩じゃない。


 制裁でもない。


 ただの破壊作業。


「能力、使わねえの?」

 ムライが言う。

「……ないの?」

 返事をする余裕もない。


 俺は引きずられた。


 街を。


 人目のある道を。


 抵抗すると、殴られる。


 抵抗しなくても、殴られる。


 最終的に連れて行かれた場所は、

 女子校の校門前だった。


「ほら」

 ムライは言った。

「脱げ」

 意味が分からなかった。


 理解する前に、服が破られた。


 冷たい空気。


 視線。


 悲鳴。


 俺は、全裸で、

 女子校の校門前に正座させられた。


「最後に一発、入れて終わりにするわ」

 ムライが、足を振り上げる。


 その瞬間。

 ――怖かった。

 死ぬ。

 本気で。


「……っ、殺さないでください……」

 声が、情けないほど小さかった。


「お願いします……」

 気づいたら、

 足元が、濡れていた。


 ああ。

 漏らした。

 20歳。

 元ニート。

 ランキング参加者。


 全部どうでもよくなって、

 ただ、生きたかった。


 ムライの動きが、止まった。

「……はあ」

 深いため息。


「やっぱ、つまんねえわ」

 足が、下ろされる。


「壊れたら、意味ねえんだよ」

 ムライは、俺から興味を失った目で、背を向けた。


「せいぜい、生き恥さらしてろ」

 去っていく背中を、

 俺は、ただ見ていた。


 その直後だった。

「きゃー!」

「なにあれ!」

「変質者!」

 スマホのシャッター音。


 フラッシュ。


 俺は、もう逃げなかった。

 逃げられなかった。


 数時間後。


【喧嘩ランキング更新】

【スドウ:100位】

 最下位。


 永久に晒される動画。

 永久に残る画像。

 喧嘩じゃない。


 敗北ですらない。

 否定だ。

 家に帰って、

 シャワーを浴びて、

 何度も身体を洗って。


 それでも、

 何も落ちなかった。

 布団に潜り込み、

 端末の電源を切って、

 目を閉じる。


 ランキングのことも。

 金のことも。

 ムライのことも。

 全部、考えるのをやめた。


 ――眠るしかなかった。

 次に目を覚ました時、

 俺がまだ

 “喧嘩ランキング参加者”なのかどうか、

 分からなかった。


 ただ一つだけ、

 はっきりしていた。


 俺は、もう一度ここから這い上がる気が、

 今は、まったくしなかった。

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