第4話 拍手されるたびに、人として一個ずつ減っていく

 喧嘩に勝った翌日、スマホがやたらとうるさかった。


 通知。

 通知。

 通知。


 ランキング参加者用の専用SNS。


 昨日の試合の切り抜き動画。


 コメント欄。


『あいつ、動きキモすぎて好き』

『正義マン狩り草』

『喧嘩に感情なくて逆に怖い』


 ……褒められてる、のか?

 正直、気分は良くなかった。


 いや、正確に言うと、良くなりそうになる自分が一番嫌だった。


 ナギサの顔が、たまに脳裏に浮かぶ。


 倒れた時の目。

 「間違ってる」って言葉。


 でも、その記憶は通知音一つで簡単に上書きされる。


【現在順位:62位】

【次回注目選手:スドウ】


 注目、ね。

 喧嘩って、いつから“推し活”になったんだ。


 街を歩いていると、視線を感じるようになった。


 直接声をかけてくるやつはいないけど、ヒソヒソとした空気がまとわりつく。


「あいつだよ、ランキングの……」

「思ったより普通じゃない?」

「いや、普通なのが逆に怖い」


 やめてくれ。

 俺はただのニートだ。

 強キャラ感出されても困る。


 そんな中、端末に新しいメッセージが届いた。

【企業スポンサーからの接触申請があります】


 ……企業?

 意味が分からないまま承認すると、

 画面に現れたのは、やたら歯の白い男だった。


「初めまして!

 当社は“喧嘩ランキング公式サポート企業”の――」

 もう嫌な予感しかしない。


「スドウ選手の戦い方、とても“映える”んですよ」

 映える。


 最悪の言葉だ。


「観客は、強さよりも“物語”を求めています。

 あなたは、正義でも悪でもない。

 そこがいい」

 褒められているはずなのに、胃が痛い。


「スポンサー契約を結べば、月に+50万。

 条件は簡単です」

 簡単、って言うやつの話は、だいたい簡単じゃない。


「次の試合、少しだけ“派手”に戦ってほしい」

 派手。


 つまり、無駄に殴れ、と。

「……断ったら?」

「もちろん自由です。

 ただ、別の選手に声をかけるだけですから」

 選ばれなかった側がどうなるか、言わなくても分かる。


 通話を切った後、俺はしばらく天井を見ていた。

 金は欲しい。


 でも、これ以上、何かを切り売りする感じがして。


 その時、また通知が鳴った。


【挑戦申請:ランキング55位】

 相手のプロフィールを見る。

 ガイ。

 能力:身体強化。

 戦績:KO勝利多数。

 コメント欄:

『正面から殴り合う本物』

『逃げない男』


 ……ああ、観客受けするやつだ。


 場所は、夜の高架下。


 観客、すでに多い。


 ガイは笑っていた。


「お前、最近人気らしいな」

「そうみたいですね」

「でもさ」

 ガイは拳を鳴らす。


「逃げ回る喧嘩は、喧嘩じゃねえ」

 その言葉に、観客が沸く。


 ああ。


 これは“分かりやすい構図”だ。


 正面突破の脳筋。


 卑怯な戦法の俺。


 開始直後、ガイは突っ込んできた。

 速い。重い。


 正面から受けたら、確実に終わる。

 世界が、遅くなる。

 《条件反射》。


 ガイが俺を“雑魚扱い”した瞬間。

 俺は逃げた。

 逃げ続けた。


 柱の影。

 段差。

 暗がり。


「逃げんな!」

「つまんねえぞ!」

 観客の罵声が飛ぶ。


 ……知るか。

 ガイの呼吸が荒くなった。


 強化能力は、燃費が悪い。


 俺は、ただ待った。

 そして、踏み込んできた瞬間、

 足を引っかけた。


 派手さなんて、ない。

 ただの転倒。


 倒れたガイの後頭部を、地面に打ちつける。

 終わり。


 会場が、一瞬、静まり返る。

 次の瞬間、

 拍手と罵声が同時に来た。


『最低!』

『でも勝った!』

『そういうのもアリだろ!』


【勝者:スドウ】

【ランキング更新:48位】

 数字が、また上がった。

 医療班に運ばれるガイを見ながら、

 俺は思った。


 誰も、俺を“強い”とは言わない。

 代わりに言う。


 ――嫌なやつ。

 ――卑怯。

 ――でも、勝つ。


 その夜、スポンサー企業から再び連絡が来た。

『素晴らしい試合でした。

 ぜひ契約を』

 画面を見つめながら、俺は笑った。


 金が増える。


 順位が上がる。


 その代わりに、

 拍手されるたび、

 人として何かが減っていく。


 たぶんもう、

 俺がこのランキングから降りる理由は、

 負けることしか残っていない。

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