第3話 初めて殴りに行った理由が、あまりにも最低だった
人を殴るのって、もっと特別な理由がいると思ってた。
恨みとか。
怒りとか。
守りたいものとか。
少なくとも、マンガとかドラマではそうだ。
でも現実は違った。
俺が最初に“自分から喧嘩を選んだ理由”は、
月30万じゃ足りない、それだけだった。
ランキング参加者用の支給金は確かにありがたい。
ありがたいけど、ニートが急に人間らしい生活を取り戻そうとすると、金って一瞬で消える。
家賃。
食費。
スマホ代。
ついでに、安いと思って入った動画配信サービスが四つ。
気づけば口座残高は、平和だった頃と大差ない数字になっていた。
「……10位以内、か」
病院でもらった端末を操作しながら、俺はランキング表を眺めていた。
上位者の顔写真は、だいたい自信に満ちているか、逆に完全に人を舐めきった目をしているかのどちらかだ。
その中で、ひとりだけ目につく男がいた。
ナギサ。
ランキング42位。
備考欄に書かれている説明文が、妙に鼻につく。
・喧嘩は最小限
・無駄な流血を嫌う
・市民を守る行動が多い
……ああ、出た。
正義タイプ。
俺はこういうやつが一番苦手だし、
同時に、一番“計算しやすい”とも思ってしまう。
善人は、ルールを信じる。
ルールを信じるやつは、ルールの外に弱い。
「決定……っと」
端末で対戦申請を送る指が、少しだけ震えた。
怖いとかじゃない。
単純に、後戻りできなくなる感じがした。
申請は即時承認された。
場所は、夕方のショッピングモール屋上。
観戦可能エリアあり。
……見世物かよ。
屋上に着くと、すでに数人の観客が集まっていた。
スマホを構え、コメントを打ち込み、誰が勝つかで盛り上がっている。
喧嘩って、こんなにエンタメだったっけ。
「君がスドウか」
声をかけてきた男は、想像通りの人物だった。
細身で、清潔感があって、目に変な濁りがない。
「無理に戦わなくてもいい。
降参すれば、命までは取られない」
ああ。
本当に“いい人”だ。
だからこそ、胸の奥が少し痛んだ。
「……それ、俺が得します?」
「は?」
「金です。俺、金が欲しいんで」
一瞬、ナギサの表情が曇った。
理解できない、という顔だ。
「喧嘩は、そんな理由でするものじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の中で、何かがカチッと切り替わった。
ああ。
この人、俺のこと、最後まで理解しない。
「じゃあ始めましょうか」
開始の合図はない。
どちらかが動いた瞬間が、開始だ。
ナギサは、俺を真正面から見ていた。
逃げない。警戒しすぎない。
――その瞬間。
また、世界が遅くなった。
《条件反射》。
相手が“自分は正しい”と思った瞬間。
ナギサの足運びが見える。
拳の軌道。
無意識の癖。
(……真っ直ぐすぎる)
俺は、わざと後ろに下がった。
逃げたと見せかけて、床に落ちていた空き缶を蹴る。
音。
視線が一瞬、逸れる。
その隙に、俺は懐に入った。
拳じゃない。
喉。
息を奪うだけ。
「……っ!」
ナギサが膝をつく。
そこで終わらせれば、“正義的”には勝ちだったんだと思う。
でも俺は、もう一発、入れた。
観客がどよめく。
誰かが「やりすぎだろ」と言った。
ああ、知ってる。
俺もそう思う。
ナギサは倒れた。
完全に、戦闘不能。
【勝者:スドウ】
【ランキング更新:62位】
数字が上がった。
たったそれだけのことなのに、心臓がうるさい。
医療班が駆け寄る中、ナギサが俺を見上げて言った。
「……君は、間違ってる」
その言葉が、妙に刺さった。
「そうかもですね」
俺はそう答えた。
正義でも、理想でもない。
ただ、金のために殴った。
それだけ。
でも。
その夜、ランキング表を見ながら、俺は思っていた。
正しいやつから落ちていく世界なら、
最低なやつの方が、長生きする。
たぶん、俺はもう、
この制度に向いてしまっている。
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