第2話 説明される暴力と、金の話しかしない俺

 気がついたら、白かった。


 正確に言うと、白すぎた。


 白い壁。白い天井。白い床。


 あ、これ病院だな、と理解するまでに三秒。


 その三秒の間、俺は「死んだか?」と一瞬だけ思ったが、天国にしては無機質すぎるし、地獄にしては優しすぎるので、たぶんただの公的医療施設だ。


「目、覚めましたか」

 横から声がした。


 振り向くと、スーツを着た女が立っていた。年齢不詳。表情は丁寧だが、目が笑ってないタイプ。ああ、公務員だ。間違いない。


「あなたは喧嘩ランキング制度に基づく正式な試合で勝利しました」

 いきなり何言ってんだこの人。


「いや、俺、殴られただけなんですけど」

「はい。試合開始条件は“一方的な攻撃を受けた場合”でも成立します」


 最悪だ。


 殴った側が得する制度かと思いきや、殴られた側も逃げられない仕組みになっている。

 これ考えたやつ、相当性格悪い。


「あなたは現在、喧嘩ランキング87位に登録されています」

「いや、その……取り消しとか」

「できません」

 即答だった。


 間もなく呼吸するのと同じテンポで拒否された。


「登録解除条件は三つあります。

 一つ、ランキング100位以下に落ちること。

 二つ、死亡。

 三つ、王命による特例解除」

「……二つ目、重くない?」

「よく言われます」

 軽く流すな。


 女は淡々と説明を続けた。


「ランキング参加者には、月額報酬が支給されます。順位に応じて金額は変動します」

「……いくらですか」

 思わず身を乗り出した俺を見て、女はほんの一瞬だけ口角を上げた。


 あ、今こいつ、俺のこと“分かりやすいクズ”って思ったな。


「87位ですと、月30万相当です」


 ――は?

「え、ちょ、待って。俺今まで、月の収入ゼロなんですけど」

「生活保護以下ですね」

 やめろ。事実を丁寧に刺すな。


「上位になるほど、報酬は増えます。

 10位以内なら、住居と専属医療、免責特権が付きます」

 免責特権。


 嫌な言葉だ。


 でも、嫌な言葉ほど、この国では力を持つ。


「つまり、喧嘩してれば金がもらえると」

「正確には、“喧嘩で勝ち続ければ”です」

 勝てばいい。


 その条件だけなら、話はシンプルだ。


 ……いや、違うな。

 シンプルに見えるだけで、相当歪んでる。


「王はこうおっしゃっています」

 女は一拍置いてから言った。


「“暴力は消せない。なら、管理すればいい”と」

 ああ。

 やっぱり性格悪い。


 平和に飽きた王様が、退屈しのぎに人を殴り合わせて、その様子を安全な場所から眺めてる。


 それを“制度”って呼ぶのは、さすがに言葉がかわいそうだ。


「で、俺はどうすればいいんですか」

「これからは、喧嘩ランキング参加者として生活してください」

「拒否権は」

「ありません」

 知ってた。


 病室を出ると、廊下には数人の人間がいた。


 包帯を巻いたやつ。腕を吊ってるやつ。


 全員、目が死んでいるか、逆にやたらギラギラしている。


 あ、これ仲間か。


 その瞬間、背中がゾワッとした。


 俺は今、こっち側に来てしまった。

 ムリョのことを思い出す。


 あいつは、俺を殴る時、本当に楽しそうだった。


 俺は――どうだ?

 正直に言うと、あの瞬間、世界がスローモーションになった時、

 怖さよりも先に、

(あ、勝てる)

 って思った。


 それが、何よりも嫌だった。


 でも。


 月30万。


 家賃。飯。スマホ代。


 ニート人生からの脱出。


「……順位、上げる方法とか、教えてもらえます?」

 自分の口から出た言葉に、一瞬遅れて、自己嫌悪が来た。


 女は、待ってましたと言わんばかりに、端末を操作する。


「次の試合候補者を表示します」 


 画面に、いくつかの名前と顔写真が並んだ。


 その中の一人と目が合った気がして、俺は思った。


 ああ。


 これはもう、戻れないな。


 でも、どうせなら。


「……負ける気、あんまりしないんですよね」

 そう言った俺を、女はじっと見てから言った。


「そう言う方ほど、早く死にます」

 ごもっとも。


 それでも俺は、心のどこかで計算していた。


 強いやつには、正面から行かない。


 正義ぶってるやつは、油断する。


 制度を信じてるやつほど、ルールの外に弱い。


 喧嘩が強くなりたいわけじゃない。


 ただ――

 この国で、金を持って生きるには、

 殴る側に回るしかないらしい。

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