『ケンカ』ランキング
イミハ
第1話 俺は強くなりたかったわけじゃない
俺の住んでいる国〈アレクサ〉は、はっきり言って平和すぎる。
争いはないし、戦争もないし、ニュースで流れるのは「王様が新しい庭園を作った」とか「今年の祝祭は去年より三割派手」とか、そんな情報を知ったところで人生が一ミリも変わらないものばかりで、正直言って、平和っていうのは、努力しなくても生きていける人間にとっては最高なんだけど、俺みたいな20歳ニートにとっては、ただ時間だけが腐っていく地獄みたいなもんだった。
働いてない。
夢もない。
才能も、多分ない。
ただ一つあるとしたら、「楽して金が欲しい」という、誰にも誇れない欲望だけ。
そんな俺――スドウは、その日、商店街で特売のカップ麺を買い溜めしていた。
安い。正義。保存が効く。味は二の次。
人生の指針がだいたいこの辺で止まってる男、それが俺だ。
で、その瞬間だった。
「お前、ランキング空き枠になったな」
知らない男に、いきなり肩を掴まれた。
振り返ると、筋肉が服を着てるみたいな男が立っていた。背が高くて、目が据わっていて、ああ、こいつ多分、話が通じないタイプだな、と直感で分かるやつ。
「……は?」
俺が聞き返した次の瞬間、腹に衝撃が走った。
鈍い痛み。息が詰まる。
殴られた。完全に。理由もなく。
「お前みたいな一般人が登録されると困るんだよ」
男はそう言って、楽しそうに笑った。
後で知ったが、こいつの名前はムリョ。
喧嘩ランキング参加者の一人だった。
喧嘩ランキング。
最近、この国で始まった頭のおかしい制度だ。
喧嘩が強いやつを順位付けして、上位100人に特別待遇を与える。
金、住居、免罪。
つまり、強いやつは何をしても許されやすくなる。
平和に飽きた王様が考えた、最高に退屈で、最低に残酷な娯楽。
「ちょ、待て、俺参加してない――」
言い終わる前に、また殴られた。
あ、これ、説明するフェーズじゃないな。
そう悟った瞬間、俺は走っていた。
逃げた。
本気で。
商店街を駆け抜け、人にぶつかり、転びそうになりながら、後ろを振り返ると、ムリョは余裕そうに追ってくる。
ああ、ダメだ。
身体能力が違いすぎる。
「逃げるなよ! 試合放棄は減点だぞ!」
意味が分からない。
なんで俺の人生、突然“試合”になってるんだ。
路地に追い詰められた。
壁。ゴミ箱。逃げ場なし。
「終わりだな」
ムリョが拳を振り上げた、その瞬間。
――あ。
分かった。
こいつ、俺を完全に舐めてる。
その瞬間、世界が、少しだけ遅くなった。
ムリョの拳が、スローモーションみたいに見える。
目の動き。重心。踏み込み。
頭が、異様に冷えていた。
(あ、ここだ)
俺は咄嗟に、足元のゴミ袋を蹴った。
破れて、中身が飛び散る。
「っ!?」
一瞬の視界の乱れ。
ムリョのバランスが崩れた。
その瞬間、俺は拳じゃなく、肘を使った。
喧嘩なんてしたことないくせに、なぜか「今はこれだ」と分かった。
肘が、顎に当たった。
鈍い音。
ムリョが倒れる。
……倒れた?
俺が一番驚いた。
路地の外から、ざわめきが聞こえる。
誰かがスマホを向けている。
ムリョは動かない。
「……勝った?」
その瞬間、視界の端に、見覚えのない表示が浮かんだ。
【喧嘩ランキング登録完了】
【現在順位:87位】
俺は、その文字を見て、真っ先に思った。
――終わった。
人生が、完全に別の方向に。
でも同時に、こうも思った。
強くなりたいわけじゃない。
正義を振りかざしたいわけでもない。
ただ――
「……金、もらえるんだよな?」
倒れた男と、スマホのカメラに囲まれながら、
俺は最低な夢を、確かに抱いていた。
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