第5話 制服という条件
最初に異変に気づいたのは、現場ではなかった。
警察署の会議室だった。
「……おかしいだろ」
誰かが、そう呟いた。
ホワイトボードには、簡単な表が書かれている。
* 尾行対象:川村浩平
* 距離:一定
* 時間帯:同一
* 行動:同一
違うのは、ひとつだけ。
**服装。**
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警察は、実験をした。
疑惑が過熱しすぎている以上、
「問題が起きない」ことを示す必要があった。
だから、条件を揃えた。
同じ警察官。
同じルート。
同じ時間帯。
違いは、制服か、私服か。
結果は、明確すぎた。
私服のとき、何も起きない。
制服のときだけ、気絶する。
偶然、と言い切るには、回数が多すぎた。
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倒れた警察官は、皆、同じことを言った。
「見ていない」
「何も感じなかった」
「気づいたら、地面だった」
接触なし。
言葉なし。
合図なし。
監視カメラにも、不審な動きは映らない。
――それでも、倒れる。
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「本人は?」
「その時間帯、何もしていません」
会議室が、静まり返る。
「……じゃあ、どうやって?」
誰も答えられない。
誰かが言った。
「これ、もう“犯人”の話じゃなくないか?」
その一言で、空気が変わった。
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制服を着た途端に倒れる。
それはつまり、
**個人ではなく、立場が反応している**
という仮説が、現実味を帯び始めたということだった。
ある者は言う。
「記号じゃないのか」
「役割だ」
「“警察”という存在そのものに」
誰も、はっきりとは言わない。
言ってしまったら、戻れないからだ。
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一方、その頃。
僕は、部屋にいた。
何もしていない。
本当に、何も。
それなのに、ニュース速報が流れる。
【警察関係者が相次ぎ体調不良】
【原因不明】
心臓が、嫌な音を立てた。
――俺じゃない。
今回は、本当に。
でも、画面の中では、
「条件」の話が始まっている。
制服。
職務。
役割。
そこに、僕はいない。
それが、怖かった。
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その夜、神谷玲は配信でこう言った。
「断定はしません」
いつもの前置き。
「でも、もし――
“人”ではなく“記号”が反応しているとしたら」
コメントが、一瞬止まる。
「それって、個人の意思で起きている現象とは、
少し違いますよね」
誰かが書く。
「じゃあ、川村は関係ない?」
「勝手に起きてるってこと?」
神谷玲は、首を横に振った。
「関係がない、とは言っていません」
柔らかい声。
「ただ……
説明がつかないものを、
“人のせい”にし続けるのは、
あまり合理的じゃない」
その言葉は、
僕を守るようで、
同時に、遠ざけた。
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警察は、方針を変え始めた。
尾行は、私服のみ。
制服は、距離を取る。
パトカーも、近づかない。
**回避策**。
逮捕でも、立件でもない。
“対応”。
それ自体が、
異常だった。
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机の前で、僕は考える。
――俺がいなくても、起きる。
そう思ってしまった瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
そして、すぐに気づく。
それは、
責任が消えたという意味じゃない。
**手放された**ということだ。
現象として。
案件として。
僕は、
人ではなくなりつつある。
---
窓の外を、パトカーが遠回りして走っていく。
サイレンは鳴らない。
ただ、距離を取る。
それを見て、
なぜか、笑いそうになった。
警察服を着た人間が倒れる世界で、
私服の大学生だけが、
部屋に閉じこもっている。
ロジックが、壊れている。
そして、その壊れ方を、
誰も直せない。
それだけは、
はっきりしていた。
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