第4話 検証される側


 最初の違和感は、数の問題だった。


 視線が多い。

 明らかに、昨日までとは違う。


 駅前。

 大学構内。

 コンビニの前。


 偶然にしては、目が合いすぎる。

 視線を外しても、しばらくすると、また背後に気配が戻ってくる。


 ――増えてる。


 尾行、というより、観察。

 いや、もっと正確に言うなら。


 **検証**。


---


 スマホを見なくても、何が起きているかは分かった。


「近づいたら倒れるらしい」

「マジで?」

「試してみようぜ」


 そんな言葉が、どこかから漂ってくる。


 誰も刃物を持っていない。

 誰も怒鳴らない。

 笑っている。


 だからこそ、逃げ場がなかった。


---


 大学へ向かう途中、後ろから声をかけられた。


「すみませーん」


 振り向く前に、体が強張る。


 若い男。

 学生っぽい。

 スマホを構えている。


「ちょっと近く通るだけなんで。

 何も起きなかったら、何も言いませんから」


 冗談みたいな口調。

 でも、目は本気だった。


 断れなかった。


 いや、断る理由を、思いつけなかった。


 彼は距離を詰め、横を通り過ぎる。

 何も起きない。


「……あ、やっぱデマか」


 肩をすくめて去っていく。


 膝が、少し遅れて震えた。


---


 こういう人間ばかりなら、まだよかった。


 だが、現実は違った。


 明らかに“違う”人間が、混じり始めた。


 スーツ姿。

 無表情。

 一定の距離を保ち、視線を切らさない。


 スマホも持たない。

 配信もしない。


 ――警察。


 そう思った瞬間、呼吸が浅くなる。


 でも、制服じゃない。

 名札もない。


 断定できない。

 それが、一番怖い。


---


 頭の中で、考えが回り始める。


 ――一般人は、試してるだけ。

 ――動画が欲しいだけ。

 ――倒れても、誰も助けてくれない。


 ――でも、警察なら。

 ――倒れても、仲間が来る。

 ――責任も、向こうにある。


 ひどい考えだと、自分でも分かっていた。


 でも。


 **生き残るために、選ぶなら。**


---


 昼過ぎ、人通りの少ない通路で、決めた。


 足元に視線を落とし、

 立ち止まったふりをする。


 スタンプを取り出す。


 迷いはあった。

 でも、手は止まらなかった。


 地面に押す。


 **川。**


 振り返らず、数歩進む。


 背後で、鈍い音。


 息が止まる。


 数秒後、誰かが叫ぶ声。

 別の誰かが駆け寄る音。


 ――大人の声だ。


 そのまま、人混みに紛れた。


---


 その日から、同じことが続いた。


 明らかに大人。

 明らかに警察関係者っぽい。


 平日の昼間。

 無言で距離を詰める。


 そういう相手だけを、避けるように、

 そして、選ぶように。


 一般人は、通す。

 学生は、通す。


 怖い。

 でも、我慢する。


 線を引いた。


 引いてしまった。


---


 ネットの反応は、予想外だった。


「警察ばっか倒れてね?」

「逆に一般人は無事じゃん」

「これ、本人じゃなくない?」


 擁護の言葉。

 理屈。


「大学生が、こんなピンポイントでできるわけない」

「小細工で説明つかんだろ」


 画面を見つめながら、吐き気がした。


 ――違う。


 ――できてる。


 ――俺が、やってる。


 でも、その事実は、

 誰にも届かない。


---


 その夜、久しぶりに震えが止まった。


 ネット上では、

 「犯人じゃない説」が、静かに広がっている。


 胸の奥で、何かが緩む。


 そして、すぐに気づく。


 ――これ、次もやらないといけない。


 選別しないと、

 また疑われる。


 疑われたら、

 また追われる。


 循環が、完成してしまった。


---


 机の上に、スタンプがある。


 危険物。

 凶器。

 そして、盾。


 それを見つめながら、思った。


 もう、偶然じゃない。


 助けるためでもない。


 **運用している。**


 その事実だけが、

 異様な重さで、胸に残った。


---



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