第2話 疑問は、笑顔で拡散される


 朝のテレビは、いつもと同じ音を立てていた。


 目覚まし代わりにつけっぱなしにしていた情報番組。

 天気予報、芸能ニュース、軽い事件。

 僕はほとんど見ていなかった。


 その名前が出るまでは。


 ――**事故現場に居合わせた大学生**。


 画面の隅に、ぼかしの入った現場映像。

 横断幕のように流れるテロップ。

 司会者の、必要以上に明るい声。


「さて、ここで“あの方”にお話を伺います」


 スタジオが切り替わる。


 そこに座っていたのは、制服姿の少女だった。


 整った顔立ち。

 落ち着いた姿勢。

 年齢にそぐわない静かな目。


 **天才美少女名探偵・神谷玲。**


 最近、やたらとテレビで見る名前だった。

 事件を“解決”するわけではない。

 ただ、違和感を言語化する。


 それだけで、番組が成立する人。


「今回の件、どうご覧になりますか?」


 司会者が、軽く振る。

 神谷玲は、小さく首を傾げた。


「そうですね……」


 ほんの一拍。

 その間が、妙に長く感じられた。


「警察の発表通り、事故として見るのが自然だと思います」


 胸の奥が、わずかに緩む。


 だが、彼女は続けた。


「ただ――」


 その一言で、心臓が跳ねた。


「ひとつだけ、気になる点があります」


 スタジオが静かになる。

 司会者は、促さない。

 彼女が続きを言うのを、待っている。


「現場に居合わせた彼は、助かっていますよね」


 当然の事実。

 だからこそ、意味が分からない。


「命の危険があった状況から、結果的に一人だけ無事だった」


 画面に、現場の図解が映る。

 僕の立っていた位置。

 男が倒れていた場所。


「偶然、と言ってしまえばそれまでです」


 彼女は、はっきりそう言った。

 断定はしない。

 否定もしない。


 でも。


「ただ、人って――」


 神谷玲は、少しだけ笑った。


「本当に危険な目に遭ったあと、どう振る舞うと思いますか?」


 コメント欄のように、スタジオの空気がざわつく。


「説明しようとします。

 自分が悪くないことを、強く、何度も」


 喉が、ひくりと鳴った。


「それ自体は、自然な反応です」


 逃げ道を用意するような言い方。

 それが、逆に怖い。


「でも、そこに“焦り”が混じると――」


 彼女は、言葉を切った。


「周囲からは、少し違って見えることもあります」


 司会者が、慌ててフォローを入れる。


「もちろん、これは一般論です。

 決して、特定の誰かを指しているわけでは――」


「はい」


 神谷玲は、あっさり頷いた。


「私は、ただ“違和感”を拾っているだけです」


 それで、終わりだった。


 断定も、告発も、名前を出すこともない。

 なのに。


 僕は、その場に立っていられなくなった。


---


 スマホが鳴り始めたのは、番組が終わった直後だった。


 通知。

 メッセージ。

 未読の数字が、増えていく。


 見なくても分かる。

 見たら、終わる。


 それでも、見てしまった。


「大丈夫?」

「今の見た?」

「気にしすぎじゃない?」


 そして、知らないアカウント。


「説明しすぎなんだよ」

「焦ってるように見える」

「無実なら堂々としてれば?」


 誰も、僕を犯人だとは言っていない。

 それが、余計に苦しかった。


 疑われているのは、**行動**だ。

 存在そのものだ。


---


 外に出ると、視線が違った。


 すれ違う人が、一瞬だけこちらを見る。

 気のせいだと思おうとするたび、確信に変わる。


 ――見られている。


 名前を呼ばれるのが怖くなった。

 「川村」と聞こえるたび、体が強張る。


 家に戻り、テレビを消した。

 それでも、彼女の声が頭に残る。


> 「焦りが混じると、違って見える」


 じゃあ、どうすればいい。


 説明しなければ、怪しい。

 説明すれば、焦っていると言われる。


 正解が、どこにもない。


 机の上に置いたメモ帳を、裏返す。

 白紙。


 もう、何も書けなかった。


 ペンを握るだけで、

 あの一文字が、頭に浮かぶ。


 **川。**


 僕は初めて、はっきりと理解した。


 ――これは事件じゃない。

 ――**現象だ。**


 そして、その中心にいるのが、

 僕だということを。


---


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