第2話「地味スキルの覚醒」

 決意を固めたはいいものの、何から手をつければいいのか。


 食材がなければ、どんな凄腕の料理人でも腕の振るいようがない。村の備蓄倉庫を覗いてみたけれど、中はほとんど空っぽ。残っているのは、あの黒パンの材料になる黒麦と、塩漬けの肉、そしてカブやイモが少しだけ。


『これじゃあ、どうしようもないな……』


 村の外は深い雪に覆われている。狩りに出るのも命がけだ。


 途方に暮れて村の入り口あたりをうろついていると、リアナが駆け寄ってきた。もふもふの尻尾をぱたぱたと揺らしている。


「カナタ、何してるの?そんなとこにいたら凍えちゃうよ」


「リアナか。いや、何か食べられるものはないかなって思って」


「食べられるもの?こんな雪の中に、あるわけないよ。食べられる草は春までお預けだし」


 そう言ってリアナは、道端に生えている、枯れ草のようなものをカマで刈り始めた。家畜の飼い葉にするらしい。


 僕はふと、その枯れ草に意識を集中してみた。転生特典のスキル、『食材鑑定』を試してみようと思ったんだ。


 すると、目の前の枯れ草に、半透明のウインドウが重なって見えた。


【スノーウィード】

 魔力を含んだイネ科の植物。非常に頑丈な繊維質で覆われているため、通常は食用には適さない。しかし、根の部分には豊富なデンプン質と糖分が蓄えられており、特殊な方法で加工すれば極上の食材となる。


『……これだ!』


 僕は思わず声を上げそうになった。特殊な加工法、という部分に引っかかりはするけれど、食べられることが分かっただけでも大収穫だ。


「リアナ、それ、ちょっと根っこごと掘り起こしてみてくれないかな?」


「え?根っこ?いいけど……どうするの?」


 不思議そうな顔をしながらも、リアナは自慢の腕力で固く凍った地面を掘り起こし、スノーウィードの根を引っこ抜いてくれた。現れたのは、ごぼうのように細長い根っこだった。


「これを……食べるの?」


「たぶんね。ちょっと試してみたいことがあるんだ」


 僕はギードさんに事情を話し、厨房を借りることにした。もちろん、最初は「そんな草の根が食えるわけないだろう」と呆れられたけど、「もしダメでも、責任は全部僕が取る」と頭を下げて、なんとか許可をもらった。


 厨房に持ち込んだスノーウィードの根。まずは泥を洗い落とし、皮をむく。硬い皮をむくと、中は真っ白でみずみずしい。かじってみると、ほのかに甘い。でも、繊維がすごくて、とてもじゃないけど噛みきれない。


『特殊な加工法……』


 前世の知識を総動員する。デンプン質、頑丈な繊維質。このキーワードから僕が導き出した答えは、「すりおろして、デンプンだけを抽出する」ことだった。葛粉や片栗粉を作る要領だ。


 幸い、厨房には石臼があった。僕はスノーウィードの根を細かく刻み、水と一緒に石臼で根気よくすりつぶしていく。どろどろになった液体を布で濾し、しばらく放置すると、底に真っ白なデンプンが沈殿した。上澄みを捨てて乾燥させれば、きめ細かい真っ白な粉の完成だ。


 これを使って、まずは温かいスープを作ろう。村のみんなは、冷たい食事ばかりで体が冷え切っているはずだ。


 鍋に水を張り、塩漬け肉からとった出汁を加える。そこに薄切りにしたカブと、貴重な干し肉を少しだけ。味付けは塩のみ。ぐつぐつと煮えてきたところで、水で溶いたスノーウィードの粉を少しずつ加えていく。


 すると、透き通っていたスープが、みるみるうちに白濁し、とろみがついていった。仕上げに、これまた貴重な保存品のハーブをひとつまみ。厨房に、今まで嗅いだことのないような、食欲をそそる優しい香りが立ち込める。


 完成したのは、真っ白でとろりとした、ポタージュのようなスープだった。


 僕は出来上がったスープを大きなお椀によそい、ギードさんとリアナの前に差し出した。


「お、おい、カナタ……。これは、なんだ?」


 ギードさんが、未知の料理を前に警戒心を隠せないでいる。


「スノーウィードの根っこから作ったスープだよ。大丈夫、毒見はしたから。さあ、冷めないうちにどうぞ」


 僕に促され、リアナがおそるおそる木のスプーンを口に運ぶ。


 次の瞬間、彼女の大きな瞳が、さらに大きく見開かれた。


「おいひい……!」


 はふはふと息をしながら、リアナは夢中でスープを口に運び始める。その食べっぷりを見て、ギードさんもようやくスプーンを手に取った。


「なっ……!?」


 一口のむと、ギードさんは熊のような体を震わせ、絶句した。


「なんだ、この滑らかな舌触りは……。それに、この身体の芯から温まるような優しい味は……。これが、本当にあの草の根から……?」


「うん。ちゃんと調理すれば、立派な食材になるんだ」


 二人だけじゃない。匂いに誘われて集まってきた村人たちにもスープを振る舞うと、誰もが驚き、そして満面の笑みを浮かべた。


「うめえ!」

「あったまるなあ!」

「こんな美味いもん、生まれて初めて食った!」


 あちこちから上がる歓声。硬くこわばっていた村人たちの表情が、一杯のスープでみるみるうちにほぐれていく。


 それを見て、僕の胸にも温かいものがこみ上げてきた。


『ああ、そうだよな。料理って、こうだよな』


 スキルが地味だって?とんでもない。


 この力は、人を幸せにできる、最高の力だ。


 僕の異世界料理人としての第一歩は、村人たちの笑顔と共に、最高のスタートを切ったのだった。

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