異世界おせちの革命〜地味スキル『調理魔法』で、貧乏な辺境の村を美食の都に変えてみせます〜
藤宮かすみ
第1話「転生したら、食卓が石みたいだった件」
ごつん、と鈍い音がして、目の前の男の歯が欠けた。
「ぐっ……また石か!」
男は顔をしかめて、手の中にある黒パンのかけらをテーブルに叩きつける。硬質な音を立てて転がったそれは、もはやパンというより炭の塊に近かった。
僕、カナタ・オリベは、そんな光景をぼんやりと眺めていた。
ここがどこで、自分が誰なのか。数日前まで曖昧だった記憶の霧が、今朝方、急速に晴れていった。
(ああ、そうか。俺は死んだんだ)
前世の僕は、片桐奏太という名前の、しがない料理人だった。小さな洋食屋を一人で切り盛りしていたけれど、連日の激務がたたって仕込みの途中で意識を失った。たぶん、過労死ってやつだ。
そして目が覚めたら、このミストラルという辺境の村の少年、カナタになっていた。15歳。両親を数年前に流行り病で亡くし、村の人々の世話になりながらなんとか暮らしているらしい。
記憶がはっきりした途端、強烈に襲ってきたのは空腹感と、そして目の前の食卓への絶望感だった。
テーブルに並ぶのは、さっきの男が歯を欠いた黒くて硬いパン。やたら塩辛くて筋っぽい干し肉。そして色の悪いカブが浮かんだだけの、味の薄いスープ。これがこの村の、そしてこの世界の一般的な食事らしかった。
『嘘だろ……食文化、レベル低すぎないか?』
料理人だった魂が悲鳴を上げる。彩りも香りも、もちろん味のバランスなんてものもない。ただ腹を満たすためだけの「エサ」だ。
「カナタ、ぼうっとしてないで食え。食える時に食っておかないと、冬は越せんぞ」
向かいの席に座る、熊のような大男が声をかけてくる。村長のギードさん。僕を引き取って面倒を見てくれている恩人だ。その娘で、頭にぴょこんと立った獣の耳と、椅子から揺れるふさふさの尻尾が特徴的な少女、リアナが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「カナタ、大丈夫?顔色が悪いよ」
「う、うん。大丈夫だよ、リアナ」
彼女は狼の獣人だそうだ。この世界には人間以外にも獣人やエルフといった種族がいるらしい。そんなファンタジーな設定よりも、僕にとっては目の前の悲惨な食事がファンタジーだった。
リアナが僕の皿に、自分の分の干し肉を一切れ乗せてくれる。その優しさが胸にしみた。でも、正直あまり嬉しくない。だって、めちゃくちゃしょっぱいんだ、これ。
僕は覚悟を決めて、石みたいな黒パンにかじりついた。顎が外れそうな硬さと、焦げたような苦味。スープで無理やり流し込むと、今度は味気なさが口いっぱいに広がる。
『ダメだ、これは……。こんな食事、耐えられない』
生きるために食べるんじゃない。美味しいものを食べるために生きるんだ。それが料理人、片桐奏太の信条だった。
「ごちそうさまでした」
なんとか食事という名の苦行を終え、僕は席を立つ。村の食糧事情が厳しいことは分かっている。冬の間、この雪深いミストラル村は外界から孤立する。蓄えがなければ、春を待たずに飢え死にする者も出るという。
だから、誰も文句なんて言わない。むしろ、食べ物があるだけありがたい。そんな空気だ。
でも、僕は知っている。料理の、食の持つ力を。
美味しいものは、人を笑顔にする。心を満たし、生きる活力を与えてくれる。
『なんとか、しなきゃ』
凍えるような風が吹きつける村を歩きながら、僕は決意を固めた。この絶望的な食卓に、革命を起こしてやろう、と。
その時、頭の中にふと、ゲームのステータス画面のようなものが浮かび上がった。
【カナタ・オリベ】
年齢:15歳
種族:人間
スキル:
・食材鑑定
・調理魔法
『スキル……?』
異世界転生のお約束ってやつか。でも、『食材鑑定』に『調理魔法』?ずいぶんと地味なスキルを引き当てたもんだ。剣も魔法も使えない、生産系の、それも料理特化。
でも、僕にとっては、これ以上ない最高の贈り物だった。
『面白い。やってやろうじゃないか』
僕の心に、料理人としての火が再び灯った。冷たい風が、今は心地よく感じられた。この極寒の辺境で、最高のグルメを追求する。僕の異世界ライフは、こうして絶望の食卓から始まった。
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