12.集樹東33号焼却戦

 抜けるような青空に、黒煙が上がっている。


 かつて人類同士の戦争が間断なく行われていた頃、それは不吉な戦火の証だったという。

 だが、今は違う。それは俺達アルギア部隊による、ヴィスカム攻撃の狼煙だ。



『作戦の重要なポイントは3つ!』

 アルギア・ジュビラーテ未来の呼び声の中から、エリオットが声を張り上げる。


『第一! 戦列と役割を忘れるな。集樹ネストを叩く前衛、草刈りしつつ接敵した相手を確実に落とす後衛!』 


 草刈り、というのは集樹ネスト周辺の木々を焼く作業のことである。これにより、森の中へ潜伏して不意打ちを狙うヴィスカムを炙り出す。


『作戦の成功させるのは前衛だが、前衛を守るのは後衛だ! 特に今回は俺も前衛に出るから、後衛はみんなで助け合ってくれ。取りまとめはエクトル頼むぞ!』

『了解です』


 陣地に並んだアルギアの一つから返事が上がった。さすがにその名前には覚えがある……エリオットの次か、次の次くらいに強いアルギアに乗っているやつだ。

(スコアランクは12位。東方部隊だけで見れば、エリオットの次の次だよ)

 と、レミアが補足する。

(ほんとに覚えてないの? 一応祈り名プライネイムもあるんだけど)

(帰ったら確かめとく)



『んで第二!』

 エリオットの大声は良く通る。その後方の森から、新たに投石器で放たれた燃料岩が着弾した。

『敵を理解すること! 主力三級はワンサカ出てくるが、それは別に良いとして、それ以外だ……ティルチェ、説明頼む!』

『ええ。出発前会議の復習になるけど、大事なことだから改めて説明します』


 ティルチェがそう言うと、脳内にぼんやりとした絵が浮かび上がる。レミアからの思考リンクだ。

 レミアだけが出た会議で出た資料の話をする時、たまにやってくる。

(……いや、今回の会議は俺も出てたから分かってるっての)

(ん? 別に、面白いからファレンの思考に絵を映してるだけ)

(遊ぶな……!)


ドーヴ聖宣オリーブ種』

 脳内に浮かび上がる絵が、小さく丸っこいヴィスカムを描き出す。

『数と行動範囲が優れてる代わりに、危険性が低いのがドーヴ級。普段の作戦では多少見逃しても大丈夫なことになってるけど、こいつだけは例外ね』

 丸っこいヴィスカムが二体現れ、片方が身体に明るい光を帯び、嘴が緑色に染まる。こいつが聖宣種だ。

『聖宣種は集樹ネストの遺伝情報を持って飛び立ち、他の樹木にそれを与えて集樹ネスト化する。これを逃がすとまた別の所で集樹ネストが発生して、ヴィスカムが生み出されてしまう』


『幸いなのは、聖宣種が生まれるのは集樹ネストの死の間際、しかも同時発生は3、4羽に限られるってことだ』

 聖宣種が飛び立った集樹ネストはほどなく枯死する。あるいは、最終的に聖宣種を生み出すために集樹ネストは存在するという考え方もあるらしい。

『魔力もひときわ強いから、地上班が探知魔術で発生を検知することもできる。地上のサインを見逃すなよ!』



『今のはどちらかというと後衛向きの情報ね。で、前衛向きにちゃんと理解しておいて欲しいのは、ここから』

 レミアの思考イメージで描かれていた丸っこいドーヴ級の姿が散る。

 代わりに描かれるのは、巨大なヴィスカム。細い六枚の翼と長く垂れさがった尾羽を持ち、黄金の光を放っている。


『超主力級は現状確認されていないけど、樹衛ツリーガード種が存在してる。ヴィスカム対策委員会の命名は、天鸖ヴィドフニル


 樹衛種。

 他のヴィスカムとは異なり、集樹ネストを防衛するためだけに動く個体。種、と言われても共通点は集樹ネストの付近から離れないことくらいで、その能力は様々だ。


『現状分かっているのは、触れた物を圧力破壊する魔力の光線を翼から出してくること』

 意識の中で、六翼のイメージがビガーッと輝く。視覚なのにうるさい。

『射程は少なくとも3000メートルはあるから、常に距離を意識して。尾羽に大きな魔力が溜まってるけど、それを使った動きはまだ確認していないから、何かもう一つ能力があると思う』

『今のところ集樹ネストのてっぺんから動く様子はない。光線については戦いながら検証して情報共有していこう。返事!』


 はい! と短くも力強い応答が、それぞれのアルギアから発せられた。嬉しそうに頷くエリオットの表情が思い浮かぶようだ。



『それで、三つ目のポイント! これはいつも通りで、何より大事なことだ。絶対に忘れるなよ』

 そして最後に、エリオットは力強く宣言する。

『たとえ作戦に失敗しようと、全員で生きて帰る……だ!!』



   *   *



 ――あの夜。


「植物紙と羊皮紙の何が違うって、修正が利かないんだよ」


 俺たちへの説明のはじめに、エリオットはそう言った。


「ほら。こんな薄くて柔らかい高級紙、羊皮紙みたいに削り落とせないだろ?」

「だから、インクの滲み方が違うっていうことは、印刷されたタイミングが違うってことなわけ」


 ティルチェが続いた。マックス・ゼフの所属部隊を表す文字列と、それ以外を交互に指差して。


「このスコアシートは、最初印刷された時はゼフの所属部隊が空白で、その後に誰かが、どこかで印字したっていうことになる」

「……なんでだ?」

「分からない。部隊を転々とする人なら、そういうことをする合理性はある。でもゼフはずっと北方部隊から動いてないし」


 分かるような分からないような状態の俺だったが、ティルチェの表情は深刻だ。


「あとは、これがどこでやられてたか。フェリィ首都か、この基地でか。あたしは何よりまず、そこを知りたい」

「『どこで』……が、そんなに重要か?」

「この基地の基地員がこのことを知ってるか知らないか、つまり、信用できるかどうかはすごく大事。だから事務所に潜入したいんだけど……」


「事務所に入るなら集樹焼却戦の後だ」

 エリオットは断言する。

「大きな作戦の後は、基地員もアルギアの修復や操士の治療に駆り出されるだろ。物資搬入のタイミングとも合うし、一石二鳥だ」

「……大丈夫かな? 搬入のタイミングは外した方が警戒が緩みそうだけど」

「いや。まさか焼却戦の直後にそんなことをオレらがやるとは思わないだろ。絶対そっちの方が良い」

「それもそっか」



「あの」

 レミアの声は小さかったが、エリオットもティルチェも話すのをやめて、すぐにそちらを見た。

「それで結局、マックス・ゼフが存在しない、なんて話になること、あるの?」


 ティルチェは首を振る。

「……わからない」

「わからない」


 レミアがオウム返しすると、エリオットが続けた。

「『そんなのありえない』から『わからない』にはなった、ってことだよな」

 ティルチェは静かに頷く。

「多分サムエルは、他にも何かに気付いていたんだと思う。最終的な結論が正しいかは分からないけど……彼の気付きを追跡することには意味があるはず」


 わからない、という言葉の裏腹に、その口調は確信に満ちていた。

 もしかしたら怒りも僅かに混じっていたかもしれない。


「行けるところまで行ってやろうじゃない。……扱いやすい優等生でしょって思われて、何でも隠してられると思われるのは腹が立つもの」



   *   *



 そして秘密の決定が残った。

 集樹焼却作戦に成功したならば、その夜に事務所への潜入を行う。



「……ファレン」

「ああ」

 作戦開始を間近に控えたアルギアの中。

 いつものように、甘く冷たいレミアのささやきが、耳元を流れている。


「あなたは……どうして翔ぶの?」


「それは……」

 いつものように口にする前に、少し考える。

 奇しくも今の俺は、ヴィスカムを倒した後のことを考えなければいけないという初めての局面の中にあった。

 だから、なぜ翔ぶのかと言えば、勝利と、その先にある真実を求めて、ということになるんだと思う。

(……だが、その真実を求める理由は?)


 あの日のサムエルの言葉が去来する。

『ファレンには……本当のことを探し出して欲しい』

『絶対に、お前は――知らなきゃいけない』


 鎖みたいだな、と思った。

 信用する相手に、知らなきゃいけない、と言われたことを、知らないままに先へ進めるだろうか?



 だったら、普段と違う回答をする必要はない。

「……もっと遠くへ、翔んでいくためだ」

 その鎖を外すために、真実を知る。

 そのために、ここで必ず勝つ。



「……うん」

(ん?)


 ささやかな違和感。

 今のレミアの返事は、少し普段と違ったような気がした。どこか弾んでいるような――



「アルギア・ニクスネメシス因果審判、クリサリスモード解除」


 だが、ほどなくして普段と同じレミアの声が聞こえる。

 熱が湧き上がる。熱が渦を巻く。熱が流れ込み、熱が流れ出す。

 熱がアルギアアルギアで満たして行く。


「いこう、ファレン」

「ああ」


 短く言葉を交わして。


羽化エマージェンス


 あおく、煌星プラズマの翅が噴き上がる。

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